第3話 本物は作れる
「モルモットくん、まだ立場が分からないのかい? 君はやるしかない状況だよ?」
俺が手に取りやすいようにホンキチェンジガンを押し付けるイカれ研究者。
「モルモットくんに変身してもらわないと、ボクの研究は先へ進まないんだ。だから変身してデータを取らせてくれたまえ」
「嫌だよ、リスクがありそうだし」
「リスクなんてちょっとしかないんだよ? ボクの設計は完璧だからね」
イカれ研究者は設計図のようなものをモニターに投影して見せてくれるが、俺にはさっぱり分からない。
「データが欲しいだけなら自分で使えばよくないか? 完璧な設計なら自分自身での実験が怖いとかはないだろ」
「もちろんないさ。というか自身での実験に失敗してるから君に頼んでいるのさ。どうやらホンキチェンジガンに装填するマジ色ストーンに仕込んだナノマシンがボクに適合しないんだ」
なにやらイカれ研究者は難しい言葉を並べている。
「マジ色ストーンレッドに仕込んだナノマシンは、マジダレッドの硬い装甲を再現すべく重めにしたらボクは身動きできなくなっちゃった」
「なんだそれ、ドジったってことか?」
「まぁ、そうなるよね。不覚だよ」
きっと凄い次元の話なんだろうが、イカれ研究者が少し抜けていることしか分からなかった。
「だからボクは探したのさ、マジダマンファンの中からいい筋肉質の男をね」
「なるほどねとはならないんだわ。何があっても絶対に変身しないからな。そもそも他にもいただろ筋肉質の男くらい」
「君じゃないとダメなんだよ、どのヒーローショーに行っても確実にいるほどのファンで筋肉質となると君だけなんだ。君以上にレッドの適任はいないんだ」
熱く語るイカれ研究者は、容赦なく俺にグイグイとホンキチェンジガンを押し当て続ける。
服越しに伝わる金属感の強い変身アイテムに、オタク心は激しく揺れるが、実験体になるつもりはない。命大事に、だ。
「感じのいいものじゃないだろ、知らないところで勝手に探られてさ。そんな不誠実なことをする人間の力になるつもりはない。探偵でも雇ったのか?」
「君の言うことはもっともだ。だがボクは、ボクさえ良ければあとはどうでもいいんだ。ボクの頼みを聞いてくれよ」
平然と自己中心的な思想を大っぴらにするイカれ研究者は、ゴソゴソと白衣の内側をまさぐり、ある物体を取り出した。
「そ、それは……ホンキメカライオンっ! ホンキメカライオンじゃないか! 明らかにデラックスのサイズじゃない。だがメモリアルは未発売、まさか……」
「そのまさかさ。この子はボクが作中登場のホンキメカを忠実に再現したものだよ。モルモットくんの情報収集はこの子に頼んだんだ」
「すっげぇ……じゃねぇ、何かしらの法律に抵触するだろそんなの!」
まさかこんなに高度な再現ができるなんてマジですげぇじゃねぇか。
うっわ、触りたいどんな構造なんだろ。
だけどこれに個人情報全部暴かれたんだよな……複雑だ。
「知ってるかいモルモットくん、バレなければどの法律にも触れないんだよ」
「こわこいつ……でもこのホンキメカライオンでどうやって情報収集したんだ? 監視するだけじゃ得れない情報も知ってるだろ」
「モルモットくんに目をつけた時に髪を頂戴して、DNAから追跡できるようにしたんだよ。自宅と職場はそれで特定したよ」
こいつ悪びれもなく……。
「監視だけで得れない情報は、ホンキメカライオンに搭載した解析機能で鍵穴を解析して、合鍵を作成。モルモットくんが留守の間に堂々とお邪魔して家宅捜索させてもらったよ」
「仕事してくれおまわりさん……っ! 普通に犯罪者じゃないか! 捕まってくれ頼む!」
「証拠は残してないから無理な相談だね」
イカれ研究者は俺の家のものだと思われる合鍵が付いたキーケースをヒラヒラとアピールしている。
こいつ他人の家の合鍵を自宅の鍵と一緒に肌身はなさず持ってるのやばくね……?
「合鍵返せよイカれ研究者」
「おかしなこと言うねモルモットくん、これは確かに君の家の合鍵だが、金を出して複製したのはボクだ。つまり購入者のボクに所有権があり、返せと言うのは筋違いだろう?」
「……? 確かにそうか……?」
「そう、だからこの合鍵はボクのキーケースで大事に保管しておくよ」
言いくるめられてしまった気がする。
これでいいのか?
「まぁどうあがいても意味ないか……だが! 変身はしない! 以上だ」
「ボクがいれば大好きなマジダマンのごっこ遊びで作中を忠実に再現した遊び方ができるんだよ? まだホンキメカの巨大化は実現できてないけどね」
巨大化の予定まであるのかよ。
さすがに巨大化すれば法に触れるだろ。そうなればイカれ研究者がしてきたことが芋づる式に洗い出されて刑務所行き確定だろうな。
巨大化する敵なんていないんだから、無意味に巨大化すれば国家転覆罪にでもなりそうだな。
そもそもこの平和な社会で、本物のヒーロースーツを着て武器も持ってたら銃刀法違反で捕まるだろ。
「どうしてなんだい、本気のごっこ遊びしようよ! きっと楽しいよ! 遊ぼうよ! ボクに研究させてよ!」
「まだ信じがたいがもしそれが本物だとして、変身する理由がない。ヒーローは守るべきものがいて悪党と対峙するものだろ? 遊び感覚で大きな力を得るわけにはいかない。だから変身しない。リスクを背負いたくないしな」
ごっこ遊びが許されるのは、力のない子供がおもちゃで好き放題楽しむからであって、いい歳した大人が本物の力を持って好き放題すればただの犯罪者になって社会から孤立してしまう。
そこそこの大学を出て、そこそこの会社に入って平穏に生きてきた。
そこそこの人生を送ってるのに、これを手放すリスクは絶対に背負わない。
「帰るから床を上に移動させてくれ」
「……悪がいないと変身はしない。ヒーローとしていい心意気だね。分かったよ、もう研究のためだけに変身してくれなんて言わないから安心してくれ」
「分かってくれてよかった」
やけに素直だな……。
もっと粘られたり、頭の良さそうな知識で丸め込んできたりするかと思ったが、イカれ研究者は大人しく俺をラボから帰らせてくれる。
ピコン。
「ん? 通知? こんな時間に誰だろ」
スーツの内ポケットに入れていたスマホを取り出して電源をいれると、そこにはイカれ研究者の名前が表示されている。
俺、イカれ研究者に連絡先を教えたことあったっけ。
ないな、間違いなく不正で得たな。
『今日はラボに来てくれてありがとう。いつでも遊びに来てくれてかまわないよ。生体認証は登録したし、遠隔でモルモットくんのスマホにラボの解錠や施錠ができるアプリも入れておいた。また会える日を楽しみにしているよ』
俺は返信せず、リアクションだけをしてそっとスマホの電源を落とした。
頼まれごとを拒否して帰ってきたのに、なぜか自由にラボへ出入り出来るようになってしまった。
合鍵をサクッと作るだけあって、セキュリティの概念がガバガバなんだろうか。
自宅とは違ってラボには貴重な研究データや、高い設備なども揃っているだろうに、部外者の出入りを認めるなんてやはりイカれてるとしか思えない。
『イカれてないさ、モルモットくんの情報を熟読して、実際に交流し、信頼に足る人物だと思ったからセキュリティを君にだけ緩くしたんだよ』
『心読んでる……?』
現状の科学では人の心を読み解く技術はないはずだが、あのイカれ研究者なら実現できているかもしれない。
漠然とそう思わせる。
怖くて思わず返信したが、イカれ研究者は含みのある笑みを浮かべるスタンプで返してきた。