第2話 はじまりのラボ
「興味を示してくれてるみたいだね。魅力的だろう?」
「いや……なんというか怪しいな」
「どうしてだい、怪しさなんて1ミリもないじゃないか。君はマジダマンが好きだろう? 本気のごっこ遊びが出来るんだよ?」
"本気のごっこ遊び"その言葉に俺の体がピクリと反応してしまう。
なにそれ楽しそう!
子供の頃はよく友達とごっこ遊びをやった。
だが、あくまでごっこ遊び。
私服で手作りの武器を手にチャンバラごっこ。
それが本気……だと!?
いいのか? この歳でごっこ遊びを本気でして。
「君は実に反応が分かりやすくて助かるよ、したいだろ? ホンキチェンジガンでのホンキチェンジ。ラボについておいで」
そんなものしたいに決まってるが……事実かどうか分からない。
もし変なところに誘導され監禁でもされれば、本物もメモリアルエディションも触れぬままこの世を去ってしまうリスクがある。
ならば俺は……!
「ちょっとどうしてこの流れで逃げるのさモルモットくん!」
「こんな怪しくて危険な状況、普通の思考があれば逃げ一択だよ!」
危険からは逃げろ。義務教育でしっかり教えてくれる基礎知識だ。
俺は紙袋をがっしりと抱え込み、持てる力を脚に込めて走り抜ける。
「待ちなよ、赤井陽色くん! ここで個人情報をバラ撒かれたくなければね!」
どこから取り出したのか、白衣の女は拡声器を手に、大声で俺の名前を呼ぶ。
「はぁ!? 名前バレしてる!?」
「名前だけじゃないよ、君がそこのオフィスで仕事をしていることも、ヒーローショーに毎度通っていることも、日曜の朝にSNSで感想会をしていることも全部知っているよ」
「ちょっと待て! マジで怖い! 何者だよ!」
きっと無視してこのまま走ればこの場は逃げ切れただろうが、ダメだ。
まるで全てを知られているようだ。
きっとジリジリと追い詰められてしまうだろう。
そう察した俺は踵を返し、ニコニコと挑発するような笑顔で拡声器を介して喋る白衣の女のところまで戻っていく。
「おい!」
「なんだい?」
「なんだいじゃないんだわ、どうしてそこまで俺を知ってる!? 俺はあんたを知らないぞ!」
「そうだろうね、だってボクが一方的に君に興味を持って調べたんだから」
さも当然と言わんばかりに平然と言葉を吐く目の前の女に俺は、背筋が凍りつく思いだ。
「とにかく拡声器を下ろせ、あんた何者なんだマジで」
「研究者だよ。マジダマンが好きすぎて変身アイテムの開発を進めるね」
狂った人間に目を付けられたのかも知れない。
なぜ目を付けられたかは知らないが、どうやらこの女は俺を逃がすつもりは無いらしい。
「なぜ腕をつかむ」
「逃げられたくない」
「個人情報を握られた俺に逃げる選択肢をくれるつもりあるのか?」
「ないね。だが、念の為だよ。ボクは自分の思い通りにいかないのは気に食わないタチだからね」
それはきっとみんなそうだろ。
「イカれ研究者め」
「心外だなモルモットくん。ボクにはちゃんと、北条佑という親がくれた立派な名前があるというのに」
「その言葉、そっくりそのまま返すよイカれ研究者。名前を呼び合うほど、お互い心を開いてないんだから呼ばなくていいだろ」
「それもそうだねモルモットくん」
イカれ研究者は、腕をグイグイと引きながら、俺が通ってきた道を戻っている。
まるで会社に戻るみたいな気分だな、なんて考えていたが割とまじで戻ってきている気がしてる。
「ここ、俺の職場あるオフィスビルなんだけど」
「オフィスの裏手に何があるか知ってるかい?」
「無駄にでかい敷地と、そこにポツンとある建物だろ? あれ不気味なんだよな。なんの施設なんだろ」
「それこそが僕のラボだよ。この隙間を抜ければ近いからね、早く行こうか」
顔とスタイルのいい女に腕を引かれながら、職場の近くを歩く。
誰かに見られたらどう弁解すればいいんだよ。
「これ、マジでイカれ研究者の土地なのか? 後々不法侵入とかで逮捕されないよな?」
とてつもなく広い敷地内に踏み込んだ俺の眼前には、ポツンと施設が1つそびえ立っている。
「されないさ、正真正銘ボクの所有地なんだからさ」
イカれ研究者は白衣の胸ポケットからスマホを取り出して、ポチポチと操作を始める。
「今ドアを開けるから少し待ってね」
「それで開けるのか? ハイテクだな」
「時代は進化し続けるからね」
開けられたドアをくぐり、施設へ足を踏み入れた途端に、イカれ研究者は歩みを止めてドアが閉まるのを待つ。
「進まないのか? 奥に研究設備とかがあるんだろ?」
「あのドアはハリボテのフェイクだよ、ラボとしての設備は地下だ。このフロアごと移動するんだよね。ちょーっと揺れるよ」
自動で施設のドアが閉まったとほぼ同時で、床が少しだけグラッと揺れる。
バランスを崩すほどの振動はなく、エレベーターのような感覚に似ている。
エレベーターと違う点は、床だけが下がっていき、徐々に設備があらわになっていく。
このタイミングでもしバランスを崩したら落下して死ぬだろうなって恐怖があり、イカれ研究者に手を掴まれている状況に感謝している自分がいる。
「そろそろ下に着く、さっそくホンキチェンジガンを取ってくるよ」
俺の手をパッと離して、イカれ研究者は少し浮いている状態の床から飛び降りて設備へと小走りで向かっていく。
「まだ高いだろ……手を離さないでくれよ……」
死にはしないだろうが怪我しそうな高さゆえに、間違いなくメモリアルエディションのホンキチェンジガンを落とせば壊れてしまう。
怖すぎて紙袋をギュッと抱えて、床が完全に下に辿り着くのを待った。
「怖かったかい? ボクの調べだと高所恐怖症ではないはずなんだけどな」
「恐怖症ではないけど死ぬ可能性が濃い時は怖いぞ。それに、メモリアルエディションを落としたら俺は立ち直れない」
「それはすまない、配慮すべきだったかな」
悠々と俺の元へ戻ってくるイカれ研究者は、両手にホンキチェンジガンを1個ずつ握りしめている。
大人が持っていても十分な存在感を発揮している作中サイズ。
まだ自分の分は開封してないから生で見るのは初だが、あれがメモリアルエディション……!
「イカれ研究者、2つも手に入ったのか!? メモリアルエディションは品薄だっただろ? それになかなか手を伸ばせる価格じゃないだろ」
長く愛される作品ゆえに、グッズはよく売れる。
デラックス版も何度か再販されているし、周年などのイベント時には必ずバージョンアップされたメモリアルエディションが都度販売されている。
そしてどれもなかなかのお値段。
今回は劇中セリフの収録量の増加に加えて、主題歌やエンディング、挿入歌の特別編集版も搭載されていて、それはもうとんでもないお値段。
だがファンなら喉から手が出るほど欲しい代物。値段と比例するように競争率もすごく高い。
特撮ファンは一体どこから資金を調達しているのだろうか。
それを2個なんて、このイカれ研究者はとんでもないな。いろんな意味で。
「残念、1つはそうだがもう1つはボクが開発した本物なんだよね」
イカれ研究者は、右手に持った側のホンキチェンジガンを持ち上げてヒラヒラとアピールしている。
「よく見たら材質が違う……? メモリアルエディションは金属のような塗装がされているが、イカれ研究者が本物だと言う方はガチで金属みたいだな」
「そうだよ、持ってみればすぐに分かる」
「やだよ。1回持ったら変身しろとか強要されるじゃん絶対に」
俺はここまでついて来たが、変身できたとして変身するつもりはない。
イカれ研究者は、上手く誘導できたと思っていたみたいで、拒む俺にガッカリした様子を見せる。
「はぁ……強情だな、2月16日生まれ24歳の赤井陽色くん」
「どこまでバレてるんだよ……」
こいつがどこまで俺を知っているか、どんな手段で俺を調べたかが分からないと逃げようが無さそうだ。