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第二章 誤解と二年間の空白(3)

「それと、こちらに立っているのは部屋の護衛でございます。護衛は交代制で二十四時間おりますので、ご安心ください」

「そう。ありがとう」


 リーゼロッテの部屋の前には、騎士がひとり立っていた。

 薄茶色の髪に青い目の青年は、いかにも軍人らしい逞しい体つきだ。


(護衛っていうけど……、恐らく監視ね)


 リーゼロッテの実家であるオーバン公爵家にも二十四時間の部屋の護衛なんていなかったし、周りの友人の屋敷でも見たことがない。十中八九、自分の行動を監視するために置かれたのだろう。


「部屋については大体わかったから、何か困ったらお呼びするわ。少し休んでも?」

「もちろんです。テオドール様も間もなくお戻りになるはずですので、夕食はご一緒に」

「わかったわ」


 リーゼロッテはお礼を言って、部屋のドアを閉める。


 ようやくひとりになり、ほっと息を吐いた。

 リーゼロッテは部屋をぐるりと見回す。カウチソファーとローテーブルにドレッサー、それに執務机が置かれた部屋は、必要な物は一通り揃っていそうに見える。そして、部屋には出入り口の他にドアがみっつついていた。順番に開けてみると、ひとつは衣裳部屋、もうひとつはバスルーム、最後のひとつは隣の部屋へと繋がっていた。


(あっ)


 最後のドアを開けたリーゼロッテは、部屋を見てドキッとする。大きな天蓋付きのベッドは夫婦の寝室だろう。


(今夜からここで一緒に寝ることになるのかしら?)


 テオドールの前妻のことや、リーゼロッテの婚約破棄からあまり時間が経っていないことなどを考えて、リーゼロッテとテオドールは結婚式をする予定がない。王室の取り持った縁だったこともあり既に婚姻届けは提出されているので、一度も会ったことはないがリーゼロッテはテオドールの妻なのだ。


(緊張……しないわけがないわよね)


 結婚した男女が同衾したらどういう行為をするのか、知識としては知っている。けれど、当然体験したことは一度もない。

 リーゼロッテはなんとなく、シーツを手でなぞる。そのとき、ふと視界の端でカーテンが動いた気がした。


「窓が開いているのかしら?」


 そろそろ閉めないと冷えてくるし、虫が室内に入ってきたら大変だ。リーゼロッテは窓を閉めようと思い、そちらに近づく。


「あれ? 閉まっているわね」


 寝室の窓は閉まっており、しっかりと鍵がかかっていた。


(カーテンが揺れた気がしたけど、気のせい?)


 リーゼロッテは気を取り直し、部屋の中央へと戻る。すると、絨毯の上に太い紐が落ちていた。さっきまではなかった気がする。


「なんでこんなところに紐が?」


 拾い上げようとした瞬間、リーゼロッテはそこから飛びのく。触ってもいないのに紐が動いたのだ。


(蛇? もしかして蛇?)


 リーゼロッテの顔色がサーッと青くなる。

 実は、リーゼロッテは蛇が大の苦手だった。幼い頃、ガーデンパーティで親の目を盗んでひとりで抜け出した際に、大きな野生の蛇に噛まれたのだ。


 幸いにして強い毒は持たない種類だったようで大事には至らなかったのだが、それ以来蛇が苦手なまま、大人になっても克服できずにいる。


「きゃ……、きゃあーーーー!」


 自分でもこんなに大きな声が出るなんてと驚くほど大きな声が出た。

 すぐに隣の部屋からバシンとドアを開く音がして、先ほど挨拶した護衛が部屋の中に飛び込んでくる。


「奥様、いかがなされましたか⁉」

「蛇! 蛇! へーびー!」


 リーゼロッテは蛇を指さして必死に叫ぶ。


 恐怖から、護衛の後ろに隠れるように移動すると、彼の左腕をしっかりと掴む。護衛はすぐに部屋の床を這う蛇に気づき、腰にぶら下げている剣を右手で握ると蛇を一刺しした。


「処分しました」


 リーゼロッテは恐る恐る護衛の後ろから蛇のほうを窺い見る。彼の言う通り、蛇は体がまっぷたつに切られてこと切れていた。


(助かった!)


 蛇ごときで大袈裟だと言われてしまいそうだが、苦手なものは苦手なのだ。蜘蛛も蝙蝠も気持ち悪いとは思っても怖いとまでは思わないが、蛇だけはどうしてもだめだった。


「あ……ありがとう」

「どういたしまして」

「ああ。最悪の気分だわ。あなたがいてくれて本当によかった」


 リーゼロッテは護衛の腕をしっかりと掴んだまま、ほっと息を吐く。ひとりのときにあの蛇と遭遇したら、絶対に退治なんてできない。


「テオドール様がお戻りになっていなくて、ちょうどよかったわ」


 もしテオドールがいるタイミングで蛇が現れていたら、リーゼロッテは彼にとんでもない醜態を見せてしまっていたことだろう。それこそ、初夜に蛇が現れたりしたら、リーゼロッテは裸のままシーツだけを羽織って隣の部屋まで逃げ出していただろう。


「こちらの蛇は私のほうで処分しておきます」

「ありがとう。……どこから入ってきたのかしら?」

「窓ではないでしょうか」


 護衛が小首を傾げて答える。


「窓?」


 寝室の窓はさっき閉まっているのを確認した。けれど、昼間に開けていて蛇が入って来たのに気づかないまま閉めてしまった可能性もある。


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