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第二章 誤解と二年間の空白(1)

 

 イスタールの北の国境に接するラフォン領。その領主の屋敷では、ふたりの男が椅子に座ったまま向き合っていた。


「面倒なことだ」


 苛立ちを含んだ低い声が、執務室に響く。ぱらりと書類を捲ったテオドールは、イライラを抑えるように左手の人差し指で机の上をトントンと叩く。


「婚約者を束縛し、気に入らない女には陰湿な嫌がらせをする一方で、自身は遊び放題。多くの男を手玉に取り、侍らせていると」


 テオドールは書類を読み上げながら、くくっと笑う。


「俺の花嫁になる女は随分と愉快な経歴を持っているようだ。そう思わないか、カルロ?」


 主から問いかけられたカルロ=グラスルは顔をしかめる。テオドールの問いを不快に思っているからではなく、どうこたえるのが正解なのか考えあぐねいているのだ。


 ラフォン辺境伯であるテオドールに縁談が来たのはつい二週間ほど前のことだ。国王に会う予定があり王宮に赴いた直後に、突然話が降って湧いた。

 相手はリーゼロッテ=オーバン。オーバン公爵家の令嬢にして、社交界でも名高い美女だそうだ。どうしてそんな美女が結婚適齢期になっても婚約者もいないのかと思えば、つい最近婚約を解消したのだという。


 なんとなくその経緯が気になったテオドールは、内々に王都にいる部下達に彼女に関する噂を集めさせた。その結果が今見ている調査書だ。


 なんでも、彼女は自身の婚約者に近づく女性たちを理由の有無にかかわらず徹底的に排除し嫌がらせをし、そのくせ自身は男を侍らせるような毒婦で、ついに耐えきれなくなった婚約者から婚約破棄されたらしい。

 その悪名高い公爵令嬢が、テオドールの妻として嫁いでくる。


「なんとか言って断わったらどうだ?」


 カルロがテオドールに進言する。しかし、テオドールは「ハッ」と笑うと書類を机の上に投げ、カルロを見た。


「王室がお膳立てした縁談だぞ。断れると思うか? 王命に背いた反逆者扱いされるぞ?」


 吐き捨てるように言ったテオドールの台詞を聞き、カルロはぎゅっと拳を握った。

 カルロの主であるテオドール=ラフォンはまだ二十五歳の若き辺境伯だ。だが、その若さをものともしない圧倒的な強さと指導力で、この辺境の地を治めてきた。


 だが、それ以上にテオドールが国王から一目置かれているのは、その強さ故だった。

 イスタールには普通の騎士のほかに、馬と幻獣を掛け合わせたミックスであるヒッポグリフを乗りこなすことができる幻獣騎士がいる。幻獣騎士はただでさえ精鋭なのに、その中でもテオドールは唯一、幻獣そのものであるグリフォンに乗ることができた。


 グリフォンは鷹の頭に獅子の体を持ち、幻獣の中でも神聖な存在として崇められる〝聖獣〟だ。その聖獣に愛された人間の血をなんとしても残したいと考えているのだろう。


「本当に……、全くもって面倒だな」


 テオドールは先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「しかし、国王もなかなか考えたものだな。評判の悪い娘と高位貴族との仲を取り持てばオーバン公爵家には表向きは恩を売れる。誰も嫁ぎたがらない俺なら、その厄介者の女を押し付けるのにうってつけだ。そして上手くその女が子供を産めば、グリフォンを乗りこなす幻獣騎士に育つかもしれない」

「感心している場合じゃないだろう! テオにそんな毒婦を押し付けるなんて──」

「いや、いい」

「は?」

「いいと言ったんだ。その女、俺が貰おう」


 テオドールは何の感情もこもらない声で言う。


 テオドールは二十二歳のとき、一度結婚した。しかし、妻となった女は結婚式当日の夜に死んだ。


 あの忌まわしい事件があってから結婚などもうこりごりだと思っていたが、辺境伯家の当主として後継ぎを儲ける必要があり、そうも言っていられないことはわかっている。

 周囲がこれ以上煩くならないうちに、手を打つのも一計だろう。


「周囲を貶め、男漁りをするような毒婦だぞ⁉」

「それが本当かは会ってみないとわからないだろう? それはお前が一番知っているはずだ」


 テオドールの言葉に、カルロはぐっと言葉に詰まる。


 ──血に塗られた辺境伯。


 それはテオドールの周囲からの評判だ。そんな彼に仕えているからこそ、人の噂など当てにならないことをカルロは誰よりもよく知っていた。


「……テオがそれでいいなら、俺は反対しないよ」

「では、決まりだな。話を進めようか」


 テオドールは執務机の端に置かれた羽根ペンを手に取る。リーゼロッテ=オーバンを娶ることに合意するという旨を記すと、最後にサインを入れた。


 ◇ ◇ ◇


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