第五章 王女の来訪(13)
◇ ◇ ◇
リーゼロッテは窓の外を眺める。
夕焼けに染まる空には、鳥が数羽、飛んでいた。
「リーゼロッテ様。冷えるのでこちらを」
アイリスが、肩にショールを掛けてくれた。
「ありがとう」
リーゼロッテは微笑んでお礼を言うと、また窓の外を眺める。
(遅いな)
イラリアの来訪から既に三カ月が経った。
今、テオドールは数カ月に一度ある謁見で王都に行っている。そろそろ戻って来る頃のはずなのに、一向にその気配がない。いつもより遅い帰りに、何かあったのかと不安になる。
気持ちを紛らわそうと獣舎に向かうと、リーゼロッテの来訪に気づいたヒッポグリフのシェリーが尻尾を振った。
「シェリー、いい子にしていた?」
このヒッポグリフは、あのドラゴン騒ぎがあった日にリーゼロッテを乗せてくれた個体だ。もう一匹いたヒッポグリフはつい先日無事にパートナーが決まったがシェリーはリーゼロッテに懐いて離れようとしなかったので、リーゼロッテがパートナーとなり『シェリー』と名付けたのだ。
テオドールによると、幻獣騎士でもないのにパートナーの幻獣がいるのはリーゼロッテぐらいだという。
「旦那さまったら、どうしたのかしら?」
リーゼロッテはシェリーに話しかける。
「旦那様に早く会いたいな」
唇を尖らせて愚痴を漏らすと、「また可愛いことを」と苦笑交じりの声がした。びっくりして振り向くと、テオドールが獣舎の入り口に立っている。
「旦那様!」
リーゼロッテは駆け寄る。テオドールが両腕を広げたので、その胸に飛び込んだ。テオドールはリーゼロッテを受け止めると、優しく抱きしめる。
「寂しかった?」
「寂しかったです」
正直に答えると、テオドールはふわっと笑う。
「随分と遅かったのですね」
「ああ。少し寄りたい場所があってな」
「寄りたい場所?」
リーゼロッテは小首を傾げる。
「オーバン公爵家に行ってきた」
「オーバン公爵家に?」
リーゼロッテは驚いて聞き返す。オーバン公爵家はリーゼロッテの実家だ。
「どうしてわたくしの実家に?」
何か気に障ることをしてしまっただろうかと不安になる。
「リーゼロッテ。結婚しないか?」
「はい?」
リーゼロッテは呆気にとられる。結婚しないかも何も、テオドールとリーゼロッテは夫婦だ。
「以前、もう一度最初からやり直したいと伝えただろう? 結婚式を挙げないか? リーゼロッテの家族も呼んで」
想像すらしていなかった提案に、リーゼロッテは目を見開く。まさかそんな提案をされるとは思っていなかったから。
「旦那様、ありがとうございます」
テオドールとの結婚は結婚式をしていないからリーゼロッテは花嫁衣裳を着ていない。
いつか結婚するときは純白のドレスへの憧れを密かに持っていたのでテオドールの心遣いが何よりも嬉しかった。
(わたくしは旦那様と結婚できて、幸せね)
誤解して、すれ違って、遠回りばかりしたけれど、彼とならそんな時間も「こんなことあったね」と振り返って笑う日が来るだろう。




