第五章 王女の来訪(12)
「落ちたわ!」
リーゼロッテは思わず口を覆う。ドラゴンが首を振り、無残に体を引きちぎられたヒッポグリフの破片が散らばる。
「お助けしないと……」
「無理だ。今近づけは、我々の命もない」
眉根を寄せて厳しい表情をしたテオドールは、首を横に振った。
いつの間にか、周囲には幻獣騎士が集まり始めていた。
アイリスが知らせてくれたおかげで集まった幻獣騎士に加え、テオドールと共に東部に行っていた幻獣騎士達も戻ってきたのだ。
ドラゴンが旋回しながら町まで近づき、ぶつかった建物の一部が崩れる。「わー」「きゃー」という悲鳴が聞こえてきた。
「町に被害が出ないように、全員配置につけ!」
テオドールが大きな声で叫ぶと、幻獣騎士達は一斉に陣を組んだ。
「リーゼロッテ。危ないからここで待っていろ」
「旦那様は?」
「俺は戻る」
テオドールはリーゼロッテを地上に降ろすと、すぐにルカードに跨り幻獣騎士たちの中心に戻っていった。リーゼロッテを追うように、彼女の乗っていたヒッポグリフも近くに降り立つ。
(旦那様……)
リーゼロッテは胸の前でぎゅっと手を握り締める。
テオドールは強い。世界最強とも言われる幻獣騎士だ。
けれど、ドラゴン相手に無事に帰って来られる保証など何もないのだ。
(旦那様に何かがあったら)
そう考えただけで、胸が押しつぶされそうだ。
そのとき、リーゼロッテはふとドラゴンの様子がおかしいことに気付いた。
(何をしているのかしら?)
リーゼロッテは呟く。
ドラゴンは地上すれすれを飛ぶと、また戻ってすれすれを飛ぶという不思議な行動を繰り返していた。
その様子をじっと見ていて、ハッとした。
(卵を探している? イラリア殿下が巣から持ち出したから──)
森は頭上から見ると木々の葉に覆われ、地面は見えない。空を飛ぶドラゴンがボール程度の大きさしかない卵を見つけるのは至難の業だろう。
(返してあげないと)
もしこのまま見つからなければ、逆上したドラゴンが暴れて町に甚大な被害が出るかもしれない。そして、テオドールも無事では済まないかもしれない。
「ねえ、わたくしをイラリア殿下たちが落ちたあたりに連れて行って」
リーゼロッテは傍らにいたヒッポグリフにお願いする。するとヒッポグリフは体を縮めた。
「ありがとう!」
リーゼロッテは唇を引き結ぶと、ヒッポグリフに飛び立った。
その日はそのあとも、町全体が混乱していた。
ドラゴンの被害がどれくらい出たのかの確認やイラリア達の対応で、全員が忙しくすごす。
そんな中、落ち着かない気持ちで私室にいたリーゼロッテの元をテオドールが訪ねてきたのは日付が変わるかかわらないかという時刻だった。
「旦那様! 王女殿下とラット卿は?」
「ふたりとも生きてはいるが、重傷だ。明日、ナリータには外務大臣だけで行ってもらうことになった」
「はい」
リーゼロッテは頷く。
現場で少し見えたイラリアの顔からはおびただしい血が流れ、金色の髪が真っ赤に染まっていた。あの大怪我で外国訪問は絶対に無理だ。
テオドールはリーゼロッテの顔を見つめ、両腕で彼女の体を強く引く。
急に抱き締められ、リーゼロッテは驚いた。
「旦那様?」
「きみがドラゴンに向かって飛んで行ったとき、息が止まるかと思った。死んでしまうと──」
テオドールはリーゼロッテの肩にかかる髪に顔を埋め、腕はしっかりとリーゼロッテを包み込む。まるでリーゼロッテがそこにいるのを確認するかのような行動だ。
「生きています。卵も返せました」
「結果論だ」
「……旦那様、ごめんなさい」
リーゼロッテは彼を抱きしめ返す。
あのときはラフォン領の民と町、そしてなによりもテオドールを守りたくて必死だったが、リーゼロッテがやったことは一歩間違えれば死んでもおかしくないほど危険だったのだ。
「もう二度と危険なことはしないと約束してくれ」
「はい」
どちらともなく顔が近づき、唇が重なった。




