第五章 王女の来訪(9)
この日、リーゼロッテはイラリアを予定通り事前に決めていた景勝地に案内した。ふたつ目のポイントであるここは、小高い丘に位置する見晴台だ。
「あちらの森は、動物だけでなく多くの幻獣も住んでいるんです。テオドール様の乗るグリフォンも、あの森で保護されました。そして、北側に延びる街道を進むと、イラリア殿下がこれから向かうナリータに続きます」
リーゼロッテは見晴台から見える景色を説明する。
「グリフォンを森で保護した? 幻獣は幼少期に保護すれば、人に懐くの?」
イラリアがリーゼロッテに尋ねる。しかし、それは質問というよりは確認しているだけに聞こえた。
「なら、まだ幼獣のグリフォンを捕まえてくればいいのだわ。そうすれば、テオドール様のようにグリフォンに乗る幻獣騎士が誕生するもの!」
さも名案を思い付いたと言いたげに、イラリアは両手を顔の前で合わせる。
(しまった)
まさかそんなことを思いつくなんて思ってもみなかった。リーゼロッテは「いけません」とイラリアを窘める。
「幻獣は元来、人に懐きにくいのです。ルカードは特別で──」
「あら? あなたはルカード以外の幻獣をよく知っているの?」
「それは──」
イラリアに聞き返され、リーゼロッテは言葉に詰まる。
イラリアの指摘通り、リーゼロッテはルカード以外の幻獣と触れあったことはない。ヒッポグリフなら世話をしていたが、彼らはグリフォンと馬のミックスなので純粋な幻獣ではない。
言葉に詰まるリーゼロッテを見て、イラリアはそれ見たことかと笑う。
「決めたわ。いまから森に行く。そして、幻獣の幼獣を捕まえるわ」
「いけません!」
リーゼロッテはハッとしてもう一度イラリアを止める。
「今、森に入るのは危険です」
「なぜ? 山火事はずっと東よ? ここからでは煙すら見えない」
「ドラゴンの繁殖期なんです。町の近くに営巣している上に、気が立っていて危険です」
「ドラゴン! ますます好都合だわ。ドラゴンに乗る幻獣騎士。なんて素敵なのかしら」
イラリアは嬉々として両腕を広げる。
(正気なの?)
リーゼロッテは信じられない思いでイラリアを見返す。
ラフォン領では過去に何度もドラゴンによる被害が出ている。ひとたび怒らせると何百という家屋が破壊され、多くの人が命を落とすこともざらだ。
そして、ラフォン領の幻獣騎士達はそうならないように、細心の注意を払って警戒している。
「だめです。絶対にいけません!」
リーゼロッテは必死に止める。
「殿下。それは危険なのでは──」
外務大臣もやんわりとイラリアを止めようとする。しかし、それが逆効果だった。
「おだまりなさい! なんの権限があって、あなたたちはわたくしに意見しているの? 王女であるわたくしに!」
強い調子で叱責され、リーゼロッテと外務大臣は青ざめた。
「アドルフ!」
イラリアがアドルフを呼ぶ。
「あの森に連れて行って。ドラゴンの巣を探すの。上手くいけば、お前は世界でたったひとりのドラゴンに乗る幻獣騎士になれる」
「かしこまりました」
アドルフがヒッポグリフを呼び、イラリアが同乗する。
「お待ちください!」
「殿下!」
リーゼロッテ達を残し、イラリアを乗せたヒッポグリフは飛び立って行ったのだった。
「どうしましょう。なんとかしないと……」
リーゼロッテは呆然と彼らの背中を見る。下手にドラゴンに触れて怒らせたりしたら、それこそ町が壊滅してしまう。
「すぐに追いかけないと──」
リーゼロッテは馬車に飛び乗った。しかし、ヒッポグリフに乗って空を飛ぶイラリア達には到底追いつけない。
「どうしよう」
そのとき、ふと策が思いついた。
「そうだわ。あの子達に協力してもらえば──」
リーゼロッテは馬車から身を乗り出すと、御者に「屋敷に戻って」と叫ぶ。御者は急な行き先変更に戸惑ったようだが、急停車して方向を変えた。
屋敷に着くや否や、リーゼロッテは馬車から飛び降りる。
「アイリス。幻獣騎士団の誰かに、イラリア殿下がドラゴンの巣を見に行ってしまったと伝えて! すぐに探してほしいと」
リーゼロッテは、アイリスに命じる。




