◆ 国王の計略
イスタールは世界でも稀にみる、幻獣が多く住む国だ。
そして、イスタールの特色ともいえるのが、グリフォンと馬の混血種であるヒッポグリフに乗る幻獣騎士を多数抱えていることだ。
幻獣騎士は空を飛べる分、通常の騎士よりもはるかに戦闘能力、移動能力に長けている。彼らは、イスタールが他の国に対して優位性を保つうえでも非常に重要な存在だ。
──ヒッポグリフではなく、グリフォンに乗る幻獣騎士が現れた。
そんな話を聞いたときは、国王は半信半疑だった。なんでも、幻獣が多く住まう地である北の辺境──ラフォン領の嫡男であるテオドール=ラフォンが、グリフォンに乗っているというのだ。
グリフォンに跨る彼は一騎当千の戦いぶりで人々に害をなす幻獣を討伐し、その姿は闘神のごときだと。
(いくらなんでも作り話だろう)
古い文献を辿れば純粋な野生の幻獣に乗っていた幻獣騎士が存在していた記録はあるものの、極めて稀だ。しかも、テオドールが乗っているというグリフォンは聖獣とも呼ばれる、幻獣の中でも希少な種類だ。
(よし、実際に見てやろう)
自分の国王在位中にそんなに都合よいことが起こるものかと思ったが、そんな疑いを払しょくするかのようにその男──テオドール=ラフォンは王都にやって来た。
「テオドール=ラフォンです」
幻獣に跨っていた若者が、さっと地面に降り立ち腰を折る。
彼の連れていた幻獣は通常のヒッポグリフより一回り以上大きく、鷹の上半身と獅子の下半身を持っていた。まぎれもなく、グリフォンだ。
その姿を見たときに、決意した。
(この男を手放してはならない)
なぜテオドールがグリフォンに乗れるかはわからない。けれど、おそらく自分が生きている間にグリフォンに乗る男は二度と現れないだろうと国王は思った。
『実は、わたくしの近衛騎士であるラット伯爵家のアドルフですが、オーバン公爵令嬢のリーゼロッテ様と婚約を円満解消することで合意しました。ですから、リーゼロッテ様は婚約者不在になります』
数年経ったある日、第三王女のイラリアがそんなことを言いだした。
そのふたりが円満な婚約解消などするはずがない。なぜなら、オーバン公爵家の跡取りとすべく何年も前に取り決めた婚約なのだから。
だから、イラリアの言葉は嘘であると国王はすぐに気づいた。十中八九、そのアドルフという男が気に入って側に置いておきたいから無理やりこじつけて婚約破棄させたのだろうと予想がつく。
『お父様、前々から例の方になかなかよい相手がいないと悩まれていたでしょう? 今日いらしていたみたいですけれど、お相手はもう見つかっておられるのですか?』
わざとらしく、イラリアは尋ねる。
『いや、まだのようだ』
テオドールは二十二歳のとき、一度結婚している。相手は大して目立ちもしない、子爵令嬢だ。その女は不正をした挙句に事故死したので内密に処理したのだが、一部の連中がテオドールを『血に塗られた辺境伯』などと言い出した。そのため、婚約者捜しが難航していたのだ。
『まあ! では、わたくしがここに来た甲斐がございます。オーバン公爵令嬢が、打ってつけなのではないかと』
イラリアは朗らかに微笑む。
(オーバン公爵令嬢だと?)
その提案を聞き、まさに打ってつけだと思った。
オーバン公爵家の令嬢であるリーゼロッテ=オーバンは、才色兼備の淑女であるともっぱらの評判だった。何度か公式の場で会った彼女は事実としてしっかりしていて、凛とした美しさがある。
リーゼロッテの性格を考えれば、彼女は王命を断らない。そして、彼女であればテオドールも気に入るだろうと確信した。
『それは名案だ』
有能な幻獣騎士の子供が親と同じく有能な幻獣騎士になる確率が高いことは、統計的にわかっている。テオドールがいつまでも結婚せずに子を儲けないのは、国家としての損失だ。
その点、リーゼロッテはテオドールの相手として申し分ない。
『では、早速話を進めようか』
リーゼロッテにしてみれば何もしていないのにイラリアに嵌められ、見知らぬ辺境の地にいくことになり、とんだとばっちりだろう。だが、同情する気は一切ない。
使える駒は、全て有効に使うべきだ。
そうでなければ、国王など務まらないのだから。




