第四章 ぎこちない新婚生活(10)
(よしっ)
リーゼロッテは勢いをつけると、テオドールの手を目指して「えいっ!」と思いっきり拳を打ち込む。テオドールはその拳を難なく片手で受け止めた。
「リーゼロッテ。これでは全く効かない」
「いいのです。痛めつけたいわけではありませんし、旦那様が反省してくださったならそれで充分です。わたくしの悪評が立っていたのは事実ですし、わたくしも手が痛くなるのは嫌です」
リーゼロッテはふふっと笑う。
「だから、この話はもうおしまいです。わたくしたちは長い間、お互いに誤解していた。けれど、あなたは自分の間違いに気付いたら、わたくしに歩み寄ろうとして、こうして謝罪もしてくれた」
リーゼロッテはテオドールの目を真っすぐに見つめる。金色に見える薄いヘーゼルの瞳は、所在なさげにリーゼロッテを見返している。
「そんなあなたのことをとても愛しく思います。わたくしでよろしければ側にいさせてください」
テオドールは大きく目を見開き、参ったと言いたげな顔をした。
「本当に、きみには敵わない。愛してる」
テオドールの美麗な顔が近づき、唇が重なる。キスは徐々に深いものへと変わってゆく。
「もっときみに触れても?」
リーゼロッテは囁かれた言葉の意味がわからないほど子供ではない。
テオドールはリーゼロッテの顔を覗き込み、じっと返事を待っていた。
こんなときにもリーゼロッテの気持ちを優先してくれる彼は、やっぱり残忍な人なんかじゃないと思った。
顔を真っ赤にしながらもこくりと頷くと、テオドールは蕩けるような笑みを浮かべてリーゼロッテのこめかみにキスをした。
「優しくする」
軽々と体を持ち上げられ、ベッドに運ばれた。
繰り返し与えられるキスとリーゼロッテに触れる指先は、まるで夫婦のこれまでの空白を埋めるかのように優しい。
リーゼロッテは今まで、夫婦の営みが愛し合う行為だということをあまり理解できなかった。テオドールとたった一回だけ行った行為は痛みと恐怖しかなく、苦痛なものだったから。
でも、今はただ目の前の人が愛しいと思った。
「リーゼロッテ。愛してる」
耳元で繰り返し囁かれる言葉は、甘く脳天を痺れさせた。
ふと眩しさを感じ、布団を顔まで引き上げる。真綿に包まれたような温かさが心地よくて身じろぎすると、フッと笑いを漏らすような声が聞こえた。
(え?)
リーゼロッテはパチリと目を覚ます。
「だ、旦那様⁉」
テオドールはベッドサイドに座り、リーゼロッテの顔を見下ろしていた。
「おはよう、リーゼロッテ」
「おはようございます」
リーゼロッテは顔の下半分を布団で隠しながら、おずおずと朝の挨拶をする。
「体は大丈夫か? 昨日は少し無理させたかもしれない」
昨日は、と言われて昨晩のことが脳裏によみがえる。
「大丈夫です」
「そう? じゃあ、今夜からはもっと手加減なしでいいかな」
ふわっと微笑まれ、リーゼロッテは硬直する。
(え? どういうこと? 手加減していたの?)
青くなるリーゼロッテを見て、テオドールは「くくくっ」と堪えきれない笑いを漏らす。
「だ、旦那様! からかったのですね」
急激に恥ずかしくなって赤面したリーゼロッテは、上半身を起こしてテオドールを軽く叩こうとする。だが、その手は反対にテオドールに絡めとられてしまった。
「からかった? 心外だな。俺は本気で、心ゆくままにリーゼロッテを愛し尽くしたいと思っている。一晩中、何度でも」
絡めとられた手を引かれ、体がテオドール側に倒れる。テオドールはリーゼロッテを難なく受け止めると、唇にキスをした。




