第四章 ぎこちない新婚生活(9)
「それに気づいたのは、結婚式の直前だった。すぐに彼女に確認すればよかったものの、俺は彼女を信じたい一心でそれをしなかった。結婚式当日の夜、初めてそのことを彼女に尋ねると、彼女は逆上して俺の剣を握り締めるとそれを俺に向けてきた」
リーゼロッテはひゅっと息を呑む。
信じたいと思っていた女性が自分を裏切っており、刃を向けてくる。なんて残酷な仕打ちなのだろうと、掛ける言葉も思いつかない。
テオドールによると、彼女は彼の制止を聞かず剣を振り回し、誤って自分を刺してしまったようだ。そして、倒れた弾みに窓から転落して事故死した。
ただ、その理由をテオドールも屋敷の人間も積極的に言わなかった。子爵令嬢の死は国王に報告したところ、国王が手を回し内密に処理された。
そのため、事情を知らない人々は、婚約者が死んだ、テオドールがその場にいた、彼は血の付いた剣を持っていた、の3点から『テオドールが婚約者を殺した』という噂が独り歩きして、〝血に塗られた辺境伯〟などという不名誉なレッテルが貼られたのだ。
「そういうことだったのですね」
リーゼロッテはぎゅっと手を握りしめたままぽつりと呟く。
思ったよりもずっと重い話で、言葉が出てこない。きっと、根も葉もないでたらめを誰かが吹聴しているだけだと思っていたから。
「それに、きみがここに嫁いできた日、とんでもない勘違いをした」
「とんでもない勘違い?」
リーゼロッテは首を傾げる。
「きみに会いに部屋に行ったとき、ちょうどリーゼロッテは衛兵と一緒に寝室にいて『最悪の気分だ』と──」
リーゼロッテはしばし考え、蛇が現れたときのことだと気づく。
「え? あのとき旦那様いらしたんですか⁉」
全く気付いていなかったので、驚いた。
「ああ。それで、俺と結婚するせいで最悪な気分になっていて、衛兵を寝室に誘い込んでいると勘違いした。リーゼロッテが毒婦だという噂が本当だと思い込んでしまったんだ。商工会の会長も間男だと思っていた」
「そんな……」
リーゼロッテは呆然とする。
「だから、夕食を一緒に摂るのを急にやめると言い出し、その後も会ってくれなくなったのですか?」
「ああ。俺たちの結婚は王命であり、背くことはできない。ならば、お互いに顔を合わせずいないものとして生活するのが最善だと思った」
リーゼロッテはどうして一度も会ったことがないのにあんなにも避けられていたのかを、ようやく理解した。
「わたくしは、さぞかし最低な妻だと思われていたでしょうね」
リーゼロッテはぽつりと呟く。
「それは俺も同じだ。最低な夫だと思われていただろう」
「それは否定しません」
すんとした顔で答えると、「なかなかはっきり言うな」とテオドールは苦笑する。
そして、ふたりはどちらからともなくくすくすと笑い出した。
「今の話を全て信じるのか? 俺が作り話をして、きみを騙しているかもしれない」
テオドールはリーゼロッテの顔を覗き込み、意地悪そうな笑みを浮かべる。
「いいえ、騙しておりません。あなたはそういう人です」
リーゼロッテはテオドールの目を見て、はっきりとそう告げた。
テオドールと接するようになったのは最近のことだけど、彼が嘘をついてリーゼロッテを騙すような姑息な真似をするような人ではないことはわかる。
ただ、彼はきっと自分を信じ、自分も信じられる存在が欲しいのだ。だからリーゼロッテのことを試すようなことを言ったりやったりする。
「きみは優しすぎる。俺は殴られても文句を言えないようなことをしたのに、一度も罵倒したりしなかった。怒っていないのか?」
「怒っています。では、お言葉に甘えて旦那様を殴っても?」
こてんと首を傾げて尋ねれば、テオドールは大きく目を見開く。しかし、戸惑ったように見えたのは一瞬だけで、すぐに唇を引き結んだ。
「もちろんだ」
「では、手のひらを胸の前に、わたくしに見せるように広げてください」
「こうか?」
テオドールはいぶかし気に、大きな手をリーゼロッテに見せるように胸の前で広げる。
「はい、結構でございます。では、覚悟してくださいませ」
リーゼロッテは立ち上がり両腕を腰に当てて、表情を固くしたテオドールに告げる。




