第四章 ぎこちない新婚生活(8)
「あの……」
この質問は、もしかしてテオドールを傷つけてしまうかもしれない。けれど、テオドール=ラフォンという人を理解する上では知っておかなければならないと思った。
「どうして旦那様は〝血に塗られた辺境伯〟などと噂されていたのですか?」
テオドールはリーゼロッテの質問が予想外だったようでわずかに目を見開き、ますます表情をこわばらせた。
「なぜそれを知りたい?」
こんなにも冷たい声を向けられたのは、久しぶりだ。否が応でも乱暴されたあの日を思い出し、体が震えそうになる。
リーゼロッテはそんな自分を心の中で叱咤し、ぎゅっと拳を握りしめた。
「旦那様について知りたいからです」
その言葉を口にしたとき、自分の気持ちが腑に落ちた。
(そっか。アイリスの言うとおりね。わたくし、旦那様のことをもっと知りたいのだわ)
どうせ追い出される身ならば、彼のことを知る必要などない。それなのに知りたくなるのは、心の奥底ではここにいたいと思っているからだ。
「その……、旦那様の側にいたいから知っておきたくて」
正面に座るテオドールの目が大きく見開かれる。テオドールは片手で自分の顔を覆うと、「参ったな」と呟いた。
(もしかして、ずうずうしい女だと呆れられた?)
リーゼロッテはサーッと顔を青くする。
「申し訳ありません。今の言葉は忘れて──」
「だめだ」
テオドールがリーゼロッテの言葉を遮るように言う。
「旦那様?」
「忘れるものか。ただ、俺が先に口説こうと思っていたのに……先に言われてしまうとは不甲斐ない」
本当に困り果てたようなテオドールの顔を見て、カーッと頬が熱くなる。
(口説こうと思っていた? わたくしを?)
その意味を理解して、耳まで赤くなる。
「リーゼロッテ。俺はきみに、とてもひどいことをした。謝って許されることではないとわかっている。だが、もしもこれからする話を聞いたうえで俺を許して受け入れてくれるのなら、もう一度最初からやり直してもいいか?」
テオドールに真剣なまなざしを向けられ、彼が冗談や嘘を言っているのではないと理解する。
「俺は一度、結婚している。妻は結婚式当日の夜に死んだ。俺の剣を胸に突き刺して──」
テオドールはぽつりぽつりと、結婚式の惨劇について話し始めた。
──テオドールと前妻との出会いは、偶然だったという。
領地内に違法な奴隷商人がいるという知らせを受けて駆けつけた現場で保護されたのが、のちにテオドールの妻となる子爵令嬢だった。
「彼女は誰とでも気さくに話す明るい女性だった」
テオドールは当時を思い出すように、天井を仰ぐ。
「だが同時に、平気で噓をついて人をだます、悪女だった」
ラフォン領はイスタールの北の国境を守る地域であり、領地は複数の国と接している。そのため、国境を通るための通行許可証を発行するのはラフォン領の役目になっている。
「リーゼロッテも知っている通り、俺は屋敷を不在にすることが多い。その間の代行は当時セドリックに任せていたが、既に婚約者としてここに住み始めていた彼女はあるとき、『自分も婚約者なのだから手伝いたい。あなたの役に立ちたい』と言い出した。それを鵜呑みにして許可したのが、間違いだった」
テオドールは膝に肘を乗せ、両手を握り締める。
「彼女は俺の不在を狙っては国境の通行証を不正に発行し、それを密売組織に売ることで私腹を肥やしていた。皮肉にも、自分を誘拐して売ろうとした密売組織に、今度は彼女自体が加担したんだ」
「そんなっ」
あまりの展開に、リーゼロッテは両手で口を覆う。けれど、たしかに5年ほど前に密売組織による奴隷の不法売買が問題になっていた記憶があった。




