第四章 ぎこちない新婚生活(7)
「どうするんだ?」
カルロは静かにテオドールに問いかける。
「どうもしないさ」
テオドールは一言、そう答える。
蒸し返したところでリーゼロッテの心の傷を抉るだけだ。そんな仕打ちを受けたあとに嫁いだラフォン領では、夫にいないものとして扱われた。
(俺も最低なひとりだな)
どんなに傷つけただろうと思うと、やるせない。あの頃の自分に会えるなら、もっと彼女をよく見ろと言って殴ってやりたいほどだ。
リーゼロッテはテオドールに離縁を申し立てた。それは保留になっているが、彼女の気持ちを考えるとすぐに応じてやるべきなのかもしれない。
脳裏に、自分を「旦那様」と呼び屈託なく笑うリーゼロッテの笑顔が浮かぶ。
(リーゼロッテ。俺は──)
ただ無性に、リーゼロッテの顔が見たくなった。
◇ ◇ ◇
「ねえ、アイリス。どうして旦那様は〝血に塗られた辺境伯〟だなんて噂が立ったのか、理由は知っている?」
昼下がりのティータイム。リーゼロッテはおずおずとアイリスに尋ねる。アイリスは紅茶を淹れていた手を止め、リーゼロッテを見た。
「どうしてそんなことを?」
「え? なんとなく気になって。その……確かに旦那様はぶっきらぼうで冷たい雰囲気があるけど、わたくしが嫌がることはしないし、部下達にも慕われているみたいだし──。どうしてそんな噂が立ってしまったのかしらって」
離婚を申し入れた日以降、リーゼロッテはテオドールと過ごす時間が格段に増えた。
彼のことを完全に知っているわけではないが、それでも感情のままに理不尽に人を殺すような人ではないことはわかる。だから、何か理由があってこの噂が立ったのではないかと思ったのだ。
「つまり、旦那様にご興味を持ってくださっているってことですね?」
「え?」
「なるほどなるほど」
アイリスは意味ありげに笑う。なんだか気恥ずかしくなったリーゼロッテは「深い意味はないのよ」と付け加える。アイリスは相変わらずニマニマしたままだ。
「残念ながらそのことについては私が話すことはできません。旦那様に直接聞くのがよろしいかと」
「そうよね。ごめんなさい、わたくしったら人の内情を陰で聞くようなはしたない真似を──」
リーゼロッテが慌てて謝罪しようとすると、アイリスは「悪いように勘違いなさらないでください」と付け加える。
「わたくし、とても嬉しいんです。ずっと旦那様とリーゼロッテ様は本当の夫婦とは言い難い状況でしたので、リーゼロッテ様から旦那様のことを知りたいと思ってくださるほどふたりの距離が縮まったことに」
「アイリス──」
アイリスは眉尻を下げるリーゼロッテを見て、ふふっと笑う。
「旦那様に、リーゼロッテ様が会いたがっていると伝えておきますね」
アイリスはリーゼロッテを見つめ、ウインクしたのだった。
テオドールが訪ねてきたのは、その日の深夜だった。
トントントンとドアがノックされ、私室のドアが開く。
「待たせたか?」
「いえ、大丈夫です」
リーゼロッテは首を横に振ると、テオドールはリーゼロッテの正面に座った。
(旦那様がこの部屋を訪ねてくるのは、離縁を申し入れたあの日以来ね)
数カ月前のことなのに、ずっと前のことに感じてしまう。テオドールはどことなく表情が硬く、緊張しているように見えた。
「お呼び出しして申し訳ありません」
「いや、いい。俺もリーゼロッテに話があった」
「話?」
何の話だろうと不思議に思ったが、テオドールは「それで、なんの話をしたかったんだ?」とリーゼロッテに先に話すように促した。




