第四章 ぎこちない新婚生活(6)
カルロはテオドールが調査を依頼した一週間後にはリーゼロッテの元婚約者──アドルフ=ラットについての調査報告を纏めてきた。
その報告を聞きながら、テオドールは投げ出していた足を組む。
「ラット伯爵家の次男で未婚かつ婚約者もおらず、年齢はリーゼロッテのふたつ上。養子に迎えるにはもってこいだな」
「ああ。事実、奥様とアドルフの婚約はオーバン公爵家からの申し入れだったらしい。奥様と結婚して、オーバン公爵家を継いでほしいと。つまり、政略による婚約だ」
テオドールはカルロの説明に耳を傾ける。
「奥様が十五歳のときに婚約したようなんだが、ふたりの仲睦まじい様子が度々社交界で目撃されている。ふたりを知る人物も燃え上がるような恋ではないが、穏やかに親交を深めているように見えたと言っている」
「それが、結婚を目前に男側から婚約破棄か。妙だな」
結婚すれば、公爵家を継ぐことができる政略結婚。しかも、相手は社交界でも有名な美女だ。男側からすればまたとない好条件であり、こんな良縁をみすみす手放す者はまずいないだろう。
リーゼロッテが婚約破棄された理由は、男と親しくしていた女性への陰湿な嫌がらせ、及び、男癖の悪さだが、そのマイナス面を加味しても有り余る好条件に見える。
「ああ。だから、その噂についてさらに調査してきた。面白い証言が得られたよ」
「面白い証言?」
「シャーロット=オーバン。奥様の婚約破棄によってオーバン公爵家を継いだ、実の妹からの情報だ。彼女によると、奥様の噂は全くのでたらめだったと。後継ぎを辞退する必要などないと再三に亘り説得を試みたが、奥様は王室に睨まれた自分が女主人になるのはよくないと聞き入れなかったそうだ。そうこうすうるちにテオとの縁談がもたらされたと。聞き取りをした部下によると、シャーロットは奥様の元婚約者のことを〝権力の犬〟〝裏切り者〟と言って憤慨していたそうだ」
「権力の犬に、裏切り者……」
テオドールはその言葉を小さな声で復唱する。〝権力の犬〟に〝裏切り者〟とは、随分と物騒な物言いだ。それだけのことを元婚約者側がしたということだろうか。
「で、彼女に言われて調べてみたら、こんなことになっている」
カルロは報告書の中の一ページを指す。そこには、時系列に沿って何が起こったかが書かれていた。
「元々は王都の幻獣騎士だったのが、近衛騎士に異動したのか」
婚約破棄の数カ月前にアドルフは幻獣騎士から近衛騎士に異動していた。興味深いことに、リーゼロッテの悪評が広がり始めたのはその直後からだ。
さらに、婚約破棄をしてしばらくするとアドルフは近衛騎士団の師団長に、昨年には副団長になっている。近衛騎士は高位貴族出身者が集められているので、伯爵家出身も珍しくはない。特筆すべき功績があるわけでもないのにこの出世スピードは異例とも言えた。
さらに、別のページにはイラリア王女がアドルフをまるで恋人のように側に侍らせているのが何度も目撃されていると書かれていた。
「もしかして──」
「ああ。奥様の悪評を流したのは十中八九、王女殿下だ。それを裏付けるように、ライラという奥様の元侍女からも証言を得た。アドルフ殿は近衛騎士になった途端、奥様の元を訪問しなくなり、手紙もよこさなくなったと」
カルロはテオドールの目を見て頷く。
(なるほどな)
様々な疑問が解けていくのを感じた。
イラリアは当時リーゼロッテの婚約者だったアドルフを気に入り、彼の周囲からリーゼロッテを排除しようとした。だが、正攻法で婚約破棄を命じてもオーバン公爵家に抗議されることが目に見えているので、リーゼロッテを悪者にすべく根回ししたのだ。
そして、アドルフはリーゼロッテとイラリアを天秤にかけ、イラリアを取ったのだろう。
「胸糞悪いな」
イラリアにもアドルフにも、反吐が出そうなほどの嫌悪を感じた。




