第四章 ぎこちない新婚生活(5)
(もしかして、あれがそのときか?)
そう考えれば辻褄が合う。となると──。
「……何者かが情報操作したか」
テオドールはぽつりと呟く。
ここまで両極端な情報が流れるのは通常では考えにくい。しかも、一方は全くのでたらめの可能性が高い。誰かが意図的にリーゼロッテについての悪い噂を流したとしか思えない。
「俺もそう思う。だが、誰がそんなことをしたのかがわからない」
カルロはテオドールを見つめ、眉根を寄せる。
リーゼロッテは公爵令嬢だった。公爵家といえば、王室に次ぐ高位の身分だ。その公爵家を敵に回すようなことを軽々しく行う人間がいるとは思えない。
「考えられるのは、オーバン公爵家以外の公爵家か? しかし、そんなことをする理由がない」
テオドールは腕を組む。
リーゼロッテがテオドールと結婚する前、伯爵家の次男で幻獣騎士の男と婚約していたことは前回の調査でわかっている。王太子の婚約者であればいざ知らず、伯爵家の次男と結婚するのであれば他の公爵家の脅威になることもない。それに、オーバン公爵家が他の公爵家と諍いを起こしているという話も聞いたことがない。
つまり、他の公爵家の差し金という線は薄い。
「もう一度、順を追って考えよう。二年前、悪評が立つことでリーゼロッテは婚約破棄され、俺と結婚することになった。これで得をしたのは誰だ?」
「一番得したのは、間違いなくテオだろうな。棚ぼたですごい美人の公爵令嬢を嫁にもらった」
腕を組んで真顔でそう言うカルロを、テオドールはじろりと睨み付ける。
「そんなマジな顔で怒るなよ。冗談だよ」
カルロは肩を竦める。
「真面目な話をすると、考えられる人物像はみっつだ。ひとつめは、奥様のことを密かに想っていた男。他の男にとられるのが許せず、悪評を流すことで嫁の貰い手をなくして自分が奥様を娶るチャンスを狙っていた。ふたつめは、奥様のことが嫌いな人。嫌いな相手の悪評が広まるばかりか、結婚直前に婚約破棄に追い込むことができてさぞかし愉快だろう」
「みっつめは?」
テオドールはカルロに尋ねる。
「そりゃあ、奥様の元婚約者が好きだった女だよ。恋した相手が自分以外と結ばれるのが許せなくて、婚約破棄に追い込んだ。女の嫉妬は恐ろしいんだぜ? 幻獣騎士団でも、浮気がばれて──」
カルロは自分の部下の痴話げんかの話を始める。そのほとんどを聞き流しながら、テオドールは考え込む。
「リーゼロッテを好きな男、リーゼロッテが嫌いな人、リーゼロッテの元婚約者が好きな女か……。彼女を好きな男の仕業ならば、ラフォン辺境伯夫人になると知った段階でなんらかの動きを見せるはずだ。よって、この線はないだろう。となると、リーゼロッテを嫌っている。もしくはリーゼロッテの元婚約者を好きな女だな」
そこまで考えて、別の可能性に気づく。
「待てよ。得する人間がまだいる。彼女の元婚約者と、妹夫婦だ」
「え? 元婚約者はあんな美人を逃して、かつ次期公爵の座も白紙になったんだぜ? むしろ被害者だろ。妹夫婦は奥様がテオと結婚したことで公爵家を継いだんだから、可能性はあるな」
テオドールは顎に手を当てる。
元婚約者は被害者というカルロの言葉ももっともなのだが、どこかしっくりこない自分がいた。
「彼女の元婚約者は今何を?」
「その辺は調査していなかったから、再度調査するように指示しておこう」
「ああ、頼む」
退室するカルロを見送ってから、テオドールは背もたれに体を沈め天井を仰ぐ。
(もしも、最初の調査報告の内容が全くのでたらめだったとしたら──)
その可能性が極めて高いことは、すでに予想がついている。
(俺は、とんでもない勘違いをしていたのでは? 彼女は俺の仕打ちを、どう思ったのだろう)
過去を変えることはできない。
テオドールは自らの過ちを知り、ぎゅっと拳を握り締めた。




