第四章 ぎこちない新婚生活(4)
「まあ、とにかくテオは強いな」
カルロは気を取り直したように笑顔を見せると、ポンとテオドールの肩を叩く。
「ありがとう」
テオドールもカルロにつられて笑う。
「幻獣抜きだったら俺のほうが強いがな」
「バカを言うな。幻獣抜きでも俺のほうが強い」
無言で睨みあったふたりは、どちらからともなく笑いあう。
「そういえば、テオが奥様のことを呼ぶと思っていなかったから団員達がざわついていたぞ。試合が終わったあとに団員達に慰労の言葉を掛けていて、感じのよい方じゃないか。まだ奥様を見たことがない団員も多かったから、すごい美人だって話題になっていた」
カルロに楽しげに言われ、テオドールは言葉に詰まる。
テオドールはリーゼロッテのことを剣技大会に呼んでいない。けれど彼女が見に来てくれて優勝後に笑顔で祝福してくれたことに対し、悪い気はしなかった。
むしろ、テオドールに向けられた笑顔は花が綻ぶようで美しいとすら思った。
(なぜ彼女は、毒婦などと噂されていたんだ?)
心の奥底で燻っていた疑問は、日を追うごとに大きくなる。リーゼロッテについて知ればこの違和感も解消するのかと思っていたが、解消するどころか大きくなる一方だ。
「カルロ。以前頼んだ、リーゼロッテに関する調査はどうなっている?」
男を誑かす毒婦であるリーゼロッテがまるで異性に対する経験がないことに疑問を持ったテオドールは、カルロを通して王都の諜報員達にリーゼロッテについて再調査するように命じていた。時期的に、そろそろ調査結果が纏まってきてもいい頃だ。
「ああ、あれならぼちぼち調査結果が届き始めているよ。まだ全部は揃ってないけどな。全部の報告が集約できたら、テオに報告する」
「届いたものだけでも見せてくれ」
「うーん。そうしたいところなんだが、内容に疑問を覚える部分があって──」
「いいから、そのまま渡してくれ」
その報告書を読めば、喉の奥に引っかかるようなこの違和感も消え去るかもしれない。
その一時間後、テオドールは報告書を読みながら混乱していた。
「なんだこれは。前回の報告書と書いてあることが全く正反対じゃないか」
テオドールは正面に座るカルロを睨み付ける。
「だから、内容に疑問を覚える部分があると言っただろう? 本当に、どうやったらこんな真逆の情報になるんだ」
カルロは顔を顰める。
報告書には、リーゼロッテは非常に勤勉かつ真面目な性格をしており、周囲からの信頼も厚かった。美人かつ公爵令嬢という身分を笠に着ることもなく、誰に対しても優しい淑女であったと書かれていたのだ。
執務室の本棚に入れっぱなしになっていた二年前の報告書には、リーゼロッテは嫉妬深く婚約者と親しくするメイド達に嫌がらせをする悪女かつ、不特定の男性と親密な関係を持つ毒婦であると書かれていた。
つまり、ふたつの調査報告書には真逆のことが書かれている。
(同じ人物に対しての調査でここまで情報が逆になることなどあり得るのか?)
二年前の調査は王室から急に縁談を持って来られてとにかく時間がなく、調査期間は数日に限られていた。それに対し、今回はすでに一カ月近い時間をかけてリーゼロッテと実際に親しくしていた人物達と接触を図り、話を聞き出している。
調査日数の違いで表面的な噂しか収拾できなかったという理由は考えられるものの、それにしたってあまりにも情報が違いすぎる。
「俺としては、今回の報告書のほうがしっくり来るな。商工会の会長も間男ではなかったんだろ?」
「ああ」
「周囲にも聞いてみたが、誰ひとり奥様といい仲になっている奴はおろか、誘惑された奴がいるという噂も一切聞かないぞ。あんな美人に誘われたら、あいつらが黙っていられるはずがない。絶対に自慢するはずだから間違いない」
カルロは腕を組んだままうんうんと頷く。
(誘惑された噂は一切聞かない、か)
テオドールの脳裏にリーゼロッテが来た日のことが蘇る。リーゼロッテは寝室で、衛兵にしっかりとしがみついていた。実際にテオドールはあの姿を見て、リーゼロッテが間違いなく毒婦だと判断した。
(あれは一体どういう状況だったんだ?)
そのとき、先日獣舎でリーゼロッテと交わした会話を思い出した。
寝室に蛇が出て、外にいた衛兵に助けてもらったと。




