第四章 ぎこちない新婚生活(3)
(どうしましょう)
どうすればいいのか困惑していると、アイリスからツンツンとわき腹を小突かれた。目が合うとウインクされたので、どうやら行けと言っているようだ。
リーゼロッテは恐る恐る、テオドールの差し出す手に自分の手を重ねる。その瞬間、力強く手を引かれて体が宙に浮いた。
「きゃっ!」
悲鳴を上げたのも束の間。テオドールはまるで人形でも扱うかのように軽々とリーゼロッテの体を引き上げると、自分の前に横座りに座らせる。グリフォンはそのタイミングを見計らったかのように、闘技場の上空をぐわんと飛んだ。
(な、何⁉)
混乱しているリーゼロッテに、テオドールが耳打ちする。
「手を振ってやれ」
「え?」
「観衆がこちらを見ている。手を振ってやれ」
「あ、はい」
テオドールの言う通り、観戦していた観衆がこちらを見上げて大きく手を振っていた。リーゼロッテは恐る恐る片手を上げようとする。
しかし、グリフォンの背中は不安定だ。グリフォンが向きを変えるたびに大きく揺れた。
(落ちる!)
恐怖を感じたリーゼロッテは思わず両手でテオドールにしがみつく。すると、テオドールはリーゼロッテの腰に、自分の腕を回した。
「大丈夫だ」
たった一言だけだけれど、不安な気持ちがスーッと消えてゆく。リーゼロッテがおずおずと手を振ると、観衆の歓声もより大きくなった。
肝心の言葉を言い忘れていたことに気付き、リーゼロッテはおずおずと後ろにいるテオドールのほうを振り返る。
「旦那様。おめでとうございます」
笑顔で告げると、テオドールは僅かに目を見開き、ふいっとリーゼロッテから目を逸らす。
「ありがとう」
微かに聞こえた声を、リーゼロッテは聞き逃さなかった。
◇ ◇ ◇
剣技大会を終えたテオドールは自身の執務室へと向かう。同じく自身の執務室へ向かうカルロと一緒だ。
「あーあ。テオ、反則だろ。幻獣がグリフォンとかありかよ」
「お前もグリフォンに乗ればいいだろう」
「簡単に言うけどな、純粋な幻獣って普通は人に懐かないぞ」
ふてくされた顔で文句を言うのは、本日のエキシビションでテオドールに打ち負かされたカルロだ。
カルロの言う通り、純粋な幻獣は基本的に人に懐かない。
幻獣騎士が乗るヒッポグリフはグリフォンと馬を掛け合わせた生き物なので、正確に言うと『幻獣と動物のミックス』なのだ。そのヒッポグリフですら心を許した相手しか背中には乗せない。
「ルカード、奥様が乗っても嫌がっていなかったな。俺らだと触っただけで怒りだすのに。ヒッポグリフだけでなくグリフォンも美人が好きなのか……」
「俺が乗っていたからだろう」
「そうか? テオがいても、俺がルカードに触ると怒るぞ」
カルロは納得いかない様子で腕を組む。
テオドールが自身の相棒であるグリフォンのルカードに出会ったのは今から十年以上前──まだ十五歳の頃だった。領地を視察中に、羽を傷つけたグリフォンの幼獣を見つけたのだ。すぐ近くにはその幼獣の親と思しきグリフォンの成獣の亡骸が転がっていた。
(幻獣同士の喧嘩でもして命を落としたか?)
動かない親の傍らで座り込む幼獣が哀れに見えて、なんとなく片手を差し出す。すると、意外なことにグリフォンの幼獣はテオドールのほうに歩み寄ってきた。
『お前、一緒に来るか?』
テオドールは幼獣に尋ねる。幼獣は動かない親とテオドールの顔を何度か見比べ、テオドールの足に前足をかけてテオドールの胸に飛び込んできた。言葉が通じたとは思わないが、気持ちが通じたような感覚を覚えた。
屋敷にその幻獣を連れ帰ったテオドールは、その幻獣に『ルカード』という名前を付けて可愛がった。そして、ルカードはみるみるうちに大きく成長してテオドールの相棒となったのだ。
だから、ルカードは幻獣とはいえ非常に幼いときから人に慣れており、特殊な存在だ。成獣をつかまえて飼いならそうとしても、こう上手くはいかないだろう。




