第四章 ぎこちない新婚生活(1)
その日、朝の準備を終えてゆっくりしていると、アイリスがにこにこしながら近づいてきた。
「リーゼロッテ様。本日、何かご予定はございますか?」
アイリスがリーゼロッテの顔を見つめ、尋ねる。どことなくわくわくしたように見えるのは気のせいだろうか。
「今日? あとで獣舎のヒッポグリフの様子を見に行こうかと思っていたけど」
「では、午前中はお暇ですね? 本日は面白いものが開催されているので、見に行きませんか?」
「面白いもの?」
リーゼロッテは心当たりがなく、首を傾げる。
「はい。行きましょう!」
アイリスはリーゼロッテの手を引く。
そして十五分後、リーゼロッテはアイリスと共に、屋敷の敷地内に設けられた建物の前にいた。
「ここは闘技場?」
「はい。そうでございます」
アイリスは頷く。
石造りの高い塀の向こうからは、人々の大きな歓声が聞こえてくる。
「賑やかね。なんの声かしら?」
リーゼロッテは高い塀を見上げる。たくさんの人の歓声のように聞こえた
「ふふっ。実は今日、剣技大会をやっているのですわ」
「剣技大会? それは何?」
リーゼロッテは昨年の今頃のことを思い返すが、剣技大会についての記憶がない。不思議そうな顔をするリーゼロッテの様子に、アイリスはすぐに彼女が何を考えているかわかったようだ。
「剣技大会は一年に一回なのですが、昨年はちょうど魔獣の被害を受けた地域の復興支援と時期が被ったので中止になったんです。その前の年は、リーゼロッテ様がいらっしゃる直前に開催されておりました。だから、リーゼロッテ様がここにいらしてからは初めてですね」
「そうなのね」
リーゼロッテはアイリスの話を聞きながら、相槌を打つ。
ラフォン領に来て以来この地域について色々学んだつもりでいたけれど、幻獣騎士団の行事までは見ていなかった。
(まだまだ勉強不足ね)
あとでチェックしておこうと、心に決める。
「では、今回は二年ぶりの開催なのね?」
「はい、その通りです。ラフォン幻獣騎士団はイスタールでも指折りの精鋭部隊で、その中でも最強だと実質的に世界最強の幻獣騎士ということになります。だから、参加者はとても気合を入れるんですよ。家族や友人、恋人も応援に駆けつけて、とっても盛り上がるんです」
アイリスは楽しげに説明する。
そのとき、リーゼロッテはあることに気づいた。
(世界最強の幻獣騎士?)
確かそれは、テオドールの別名のひとつだったはず。
「もしかして、前回の優勝者は旦那様?」
「はい! テオドール様は初出場の十五歳のときからずっと優勝の座を守り続けています。鋭い剣捌きと幻獣との見事なタッグで周囲の幻獣騎士を打ち負かし、それはそれは圧倒的な強さなんです」
「へえ……」
アイリスによると、幻獣騎士団の剣技大会は幻獣騎士と幻獣がペアになって戦うようだ。説明を聞き、リーゼロッテは通常の騎士でいう馬上試合のようなものなのだろうと理解した。
「ちっとも知らなかったわ」
今朝もテオドールと朝食を共にしたのだが、彼からはなんの話もなかった。リーゼロッテが話しかけると「ああ」とか「そうか」とか、一言答えるだけだ。
(仮初の妻に教えるまでもないってことかしら)
飽きたら捨てると明言しているのだから、それも仕方がないことだろう。
「ということで、リーゼロッテ様。剣技大会を、今から見学しましょう!」
「え? でも、わたくしは招待されていないわ」
「剣技大会は誰でも見学可能です。リーゼロッテ様が見に行かれたら、参加している幻獣騎士の皆さんも喜ぶはずですよ。さあさあ、行きましょう!」
アイリスは半ば強引に、リーゼロッテの腕を引く。
剣技大会の会場は彼女の言う通り、すごい熱気だった。中央の広いスペースをぐるりと囲むように設けられた階段状の観覧席は満席だ。
「リーゼロッテ様、こちらです。参加者の家族用の席がありますので」
戸惑うリーゼロッテの手をアイリスはぐいぐい引く。
リーゼロッテはアイリスが案内してくれた席に座ると、前を向く。最前列に用意されたその席は闘技場の全体がよく見渡せた。
「わあっ!」
周囲から大きな歓声が沸き起こる。今行っていた試合の決着が付いたのだ。中央にいる騎士ふたりは自身のヒッポグリフに跨ったまま片手を伸ばし合い、握手して健闘を讃え合っていた。




