第三章 二年越しの顔合わせ(10)
◇ ◇ ◇
その知らせが届いたとき、テオドールは来季の幻獣騎士団の配置計画に関する会議に参加中だった。息を切らした警邏騎士が突然会議室に侵入してきて、誰もが眉をひそめた。
「おいおい。見ての通り今は会議中だ」
カルロが立ち上がり、現れた警邏騎士を追い返そうとする。警邏騎士はその場で跪き、「町でヒッポグリフが暴れています」と告げた。
「ヒッポグリフが? 誰のだ?」
「商人が連れてきたので、まだ誰のパートナーにもなっていない個体かと」
「そりゃあ、まずいな」
カルロは舌打ちする。
商人の連れている野生もののヒッポグリフはただでさえグリフォンの血が濃く、気性が荒い。下手に近づけば幻獣騎士とてただでは済まないだろう。
「すぐに行くぞ」
横で話を聞いていたテオドールはさっと立ち上がる。
「ああ、わかった」
カルロとその部下達もテオドールに続いた。
相棒のルカードに跨り、上空から町を見る。
「どこだ?」
〈あの橋のあたりから、ヒッポグリフの気配を感じる〉
テオドールの問いかけに、ルカードが答える。
〈甘い香りがするな……〉
ルカードがぼそりと呟く。
「おい、寄り道する暇はないぞ」
〈わかっている〉
ルカードは煩いと言いたげに不機嫌そうに唸ると、ヒッポグリフが見えるあたりに飛んでゆく。テオドールは地上を眺めおやっと思った。
「なぜあそこに集まっているんだ?」
暴れていると聞いていたヒッポグリフは、なぜか一カ所に頭を寄せて集まっていた。テオドールはそのすぐ近くに降り立ち、目の前の光景に驚いた。
「……リーゼロッテ⁉」
ヒッポグリフの中心にはなぜかリーゼロッテがいた。リーゼロッテはヒッポグリフに頭を摺り寄せられ、「くすぐったい」と笑っていた。
「こりゃあ、びっくりだな」
テオドールに続いて地上に降りたカルロは目の前の光景が信じられないと言いたげに呟く。
「リーゼロッテ。これはどういうことだ?」
テオドールはリーゼロッテに問いかける。
「えっと……、わたくしもよくわかりません」
リーゼロッテはテオドールを見つめ目を瞬くと、こてんと首を横に傾げたのだった。
一時間後。テオドールは事の顛末について報告を受け、眉間に深いしわを寄せていた。
「意味がわからない」
「俺も初めてのケースだ。驚きだな」
カルロも腕を組んで、難しい顔をしている。
商人たちは幻獣騎士団に野生のヒッポグリフを納品するためにラフォン領主館、すなわちこの屋敷に向かっていた。ところが、思ったよりも町に人出が多く、人ごみに驚いたヒッポグリフが興奮して暴れ出したらしい。
「目撃者によると、ヒッポグリフ達はたまたまそこに居合わせた奥様を見たとたん急に暴れるのをやめて、尻尾を振って近づいて行ったらしい」
「ヒッポグリフが尻尾を振る、ねえ」
にわかには信じがたい。野生のヒッポグリフがパートナーでもない人間に尻尾を振るなんて聞いたことがない。
しかし、ヒッポグリフ達がリーゼロッテにじゃれついている現場はテオドールも目撃したので、これは事実なのだ。
「やっぱ、幻獣も美女が好きなんだな。奥様、すげー美人だもんな。なあ、テオ。これを機に、幻獣騎士団にも美人な女性騎士を──」
カルロが寝ぼけたことを言い始めたので、テオドールは彼の言葉を遮る。
「ルカードによると、リーゼロッテは甘い匂いがするらしい」
「食べ物かよ」
すかさずカルロが突っ込みを入れる。
「ところで、奥様は町に何をしに?」
「商工会に行こうとしていたと。どうやら、会長と約束があったらしい」
「会長って、奥様と噂の?」
「ああ」
テオドールは腕を組む。
商工会の会長と言えば、以前からリーゼロッテの愛人の疑いがかかっていた相手だ。屋敷で逢瀬を重ねているという情報が幾度となくテオドールの元に届いていた。
愛人という情報は嘘であろうことはリーゼロッテを抱いたことでわかっているが、彼女が会長と密会を重ねているのは事実だ。テオドールは念のため、商工会の事務所に何をしていたのか裏とりに行った。
密会相手の夫、しかもこの地域の領主が乗り込んできてさぞかし慌てるかと思いきや、会長からはまさかの大歓迎を受けた。
『お会いできて光栄です。奥様には本当に世話になりっぱなしで──』
『次々と新しいアイデアを出されて──』
『私財で教育施設も作ってくださって──』
どれもテオドールにとっては初耳の話だ。そして、満面の笑顔の会長に『領主様の元に本当に素敵な奥様がいらしてくださり、私も嬉しく思います』と祝いの言葉までもらった。




