第三章 二年越しの顔合わせ(9)
町を歩くのは楽しい。
庶民の暮らしぶりを自分の目で確認できるし、屋敷に閉じこもっていては決して出会えないような食べ物や品物を見つけることもできる。
例えば、今見ている籠バッグもそのひとつだ。通常の籠細工に比べて非常に目が細かいうえに柔らかく、しっかりとしたカバンの形状をしている。
「まあ、上手ね。これは何で作っているの?」
「ドレイの茎を乾かしたものです」
「ドレイの茎!」
ドレイとは、ラフォン領を始めとするイスタールの北部によく見られる植物だ。何度も生えているところを見たことはあったが、それを材料にこんなに繊細な籠が作れるとは知らなかった。
「これはあなたが作ったの?」
「はい。村のみんなで作りました」
「村のみんな……」
目の前にいる少女は、決して豊かそうには見えなかった。一部が擦り切れたワンピースにぼろぼろの靴。背後には、くたびれたロバが一匹。きっと、この籠細工は貴重な村の収入源なのだろう。
「これ、いただくわ。みっつ」
「みっつも? ありがとうございます!」
少女は嬉しそうに微笑む。硬貨と交換に、リーゼロッテは籠製のミニバックを三つ受け取った。
「はい。ひとつはアイリスにあげる」
「え? よろしいのですか?」
「ええ。この籠バッグ、絶対にもっと売れると思うの。わたくしやアイリスが使えば、注目を集めるでしょう?」
「なるほど。では遠慮なく頂戴いたします」
アイリスは嬉しそうに微笑み、その籠製ミニバッグを受け取る。そして、リーゼロッテが手に持つ残りのふたつのバッグを見た。
「ひとつはリーゼロッテ様が使うとして、もうひとつは?」
「このあと会う商工会の会長にお渡ししようかと思って。彼なら、この商品のうまい販路をかんがえてくれるはずよ」
「そういうことですか」
アイリスは納得したようにうなずく。
そのとき、リーゼロッテは通りの向こうが賑やかなことに気づいた。人がたくさん集まり、何かを見ようとしているように見える。
「どうしたのかしら?」
リーゼロッテは吸い寄せられるようにそちらに近づく。背伸びして人垣の合間から覗くと、何匹もヒッポグリフがいるように見えた。
「あら、珍しい。あれはヒッポグリフの商人ですね」
「ヒッポグリフの商人?」
「はい。ラフォン領のヒッポグリフの多くは幻獣騎士団の獣舎にいるヒッポグリフ同士を掛け合わせて人工的に繁殖させたものですが、一部は野生のヒッポグリフを捕まえてきているんです。あれは、野生のものかと」
「ふーん。初めて見たわ」
リーゼロッテは物珍しさからパチパチと目を瞬かせる。
ヒッポグリフに乗る幻獣騎士がいるのだから商人がいてもなんらおかしくはないのだが、実際に見るのは初めてだ。全部で六頭のヒッポグリフが紐で繋がれているが、周囲に人が多いせいか随分と興奮しているように見えた。しきりに足で地面を掻いている。
「あのヒッポグリフはどこから連れて来るの?」
「森で野生のヒッポグリフを見つけて捕まえてきているはずです。天然物はグリフォンの血が濃い分強靭で、とても人気があります。ただ、人が育てた個体に比べると人に慣れにくく扱いが大変なのが難点です」
「へえ、知らなかったわ。アイリスは物知りね」
「わたくしの兄が幻獣騎士ですので、話を聞いたことがあるのです」
アイリスは少し照れくさそうにはにかむ。
そろそろ商工会に向かうために馬車に戻ろうとしたそのとき、「きゃー!」という悲鳴が聞こえた。リーゼロッテはハッとして振り返る。
六頭のヒッポグリフが、商人の言うことを聞かずに暴れているのが見えた。
「いけない。リーゼロッテ様、早く馬車に」
アイリスが険しい表情でリーゼロッテの腕を引く。その危機迫る表情に、リーゼロッテもただ事ではないのだと察した。
「ヒッポグリフはパートナーとなる幻獣騎士以外の言うことは聞きません。一度暴れ出すと手に負えないのです」
「え? それじゃああの人たちは──」
リーゼロッテは思わず立ち止まってヒッポグリフのいたほうを振り返る。一匹のヒッポグリフが自身についている紐を引きちぎり、すぐ近くにいる男性を蹴り飛ばしたところだった。
そのヒッポグリフがふいにリーゼロッテのほうを向いて、ひとりと一頭の視線が絡み合った。ヒッポグリフが走り出す。
(こっちに来る!)
リーゼロッテは息を呑む。
「リーゼロッテ様!」
アイリスの絶叫する声が聞こえた。




