第三章 二年越しの顔合わせ(8)
「もう一度調べてほしいんだ。できるだけ、彼女と実際に接点があった多くの人間から証言を得てほしい」
「なんで今更そんなことを調べたいんだ? 何かあったのか?」
「詳しい話は報告が出てからする。とにかく、彼女と実際に接点があった人からの情報を得たい」
「わかったよ。指示しておく」
カルロははいはいと言いたげに肩を竦める。そして、「そういえば」と何かを思い出したように口を開いた。
「なんか今日は屋敷全体がお祝いムードなのは、どうしてだ? エントランスホールと廊下に祝い花が飾ってあったぞ? もしかして、奥様がご懐妊──」
テオドールは飲んでいた紅茶にむせてゲホッと激しくせき込む。
「うわっ。大丈夫かよ、テオ」
祝い花とは、様々な花をリース状にしたもので、何かめでたいことをあった際に飾るイスタールの伝統的な飾りだ。
テオドールは今朝エントランスホールも廊下も通ったが、祝い花など置かれていなかった。十中八九、セドリック達の仕業だろう。
「余計なことを──」
「え? 何か言ったか?」
カルロはテオドールの言葉が聞き取れなかったようで、怪訝な顔で聞き返す。テオドールはそれに対して「なんでもない」と首を振った。
「そうか? まあ、何があったのかよくわからんが祝い事はいいことだな」
カルロは豪快に笑う。
仮にもテオドールの側近で幻獣騎士団の団長ともあろう男が屋敷の変化を「よくわからん」で済ませていいのかと思わなくもないが、このざっくばらんさがカルロのいいところだ。
◇ ◇ ◇
これまで、リーゼロッテの一日はアイリスと一緒に食事を摂ることから始まっていた。
テオドールとは一緒に食事をするような仲ではなかったし、ひとりぼっちで食べるのは味気なくて寂しかったからリーゼロッテからお願いしてそうなったのだ。
それなのに、離婚を申し入れた日以降、テオドールはてのひらを返したようにリーゼロッテと食事を共にするようになった。
「最近、旦那様の様子がおかしいと思わない?」
食事を終えて部屋に戻ってきたリーゼロッテは、髪の毛を結い直してくれているアイリスに話しかける。
「おかしくありません。今までがおかしかったのです」
「まあ、それは否定しないけど」
結婚したのに二年間もまともに顔を合わせないのは異常だ。それにはリーゼロッテも同意する。
最初こそ一体彼の中でどんな心境変化があったのかとびくびくしていたリーゼロッテだが、テオドールは初日以降リーゼロッテに乱暴することはないし、何かを命令することもない。
なので、ようやく彼との新しい距離感にも慣れてきたところだ。
「リーゼロッテ様と実際にお会いしてその魅力に魅了されてしまったのですわ。きっと今頃、今までの愚行を悔い改めているところですわ」
アイリスがぷりぷり怒りながらテオドール批判を始めたので、リーゼロッテは苦笑する。アイリスはリーゼロッテが嫁いできた当初から、テオドールがリーゼロッテを蔑ろにしていたことに憤りを見せており、彼に対して辛口なのだ。
「とにかく、今まで蔑ろにした分たっぷりと誠意を見せてもらわないといけません」
アイリスはぴしゃりと言い切ると、リーゼロッテの髪から手を離す。
「さあ、リーゼロッテ様。できましたよ」
「ありがとう」
リーゼロッテは自分の髪型を確認しようと、頭をゆっくり左右に回転させて鏡を見る。顔の周りで編み上げにしたハーフアップで、結び目には髪飾りが着いていた。
「なんだか今日はいつも以上に華やかね」
「リーゼロッテ様の髪は本当に素敵で、結い甲斐がありますので」
アイリスはにこにこしながら答える。
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、出掛けましょうか。お昼に商工会の会長と打合せする約束をしているから、その前に町の様子を見ておきたいわ」
リーゼロッテはすっくと立ちあがると、アイリスと共に馬車に乗って出かけたのだった。




