第三章 二年越しの顔合わせ(7)
朝食を早々に切り上げたテオドールは足早に執務室に向かうと、乱暴に椅子に座った。
「一体どうなっているんだ!」
テオドールは王都で悪名高い毒婦──リーゼロッテと国王のとりなしで結婚した。後日やって来たリーゼロッテは事実として、テオドールが居ぬ間に見張りの護衛を誑かすような毒婦だった。さらに、テオドールとの結婚について『最悪の気分だわ』と臆面もなく不満を漏らしていた。
そのため、テオドールは彼女をいないものとして扱うことにした。この縁を繋いだ国王の顔を汚さずに済み、お互いにとって最善の方法がそれだと判断したからだ。
その間に、リーゼロッテが町に出て男と密会しているようだという情報は幾度となくテオドールの元にも届いていたが、敢えてそれは放置した。形だけの妻になど興味がなかったし、関わりたいとも思わなかったからだ。さすがの彼女も、白い結婚の最中に子供ができるような失態は起こさないだろう。
その関係が崩れたのは昨日のこと。リーゼロッテが突然離婚してくれと言いだした。これまで好き勝手にやって来た分際で最後の最後まで人をバカにしていると頭に血が上り、テオドールは彼女に乱暴をした。それくらい、あの女にとっては大したことではないと思っていたのだ。
ところがだ──。
「毒婦じゃないのか? いや、純朴そうに見せかけて俺を騙す策略かもしれない。しかし、屋敷の使用人達の様子も──」
考えれば考えるほどわからなくなる。だが、そんな中でもひとつ間違いないことがある。
それは、この屋敷の使用人たちは皆、リーゼロッテのことをラフォン辺境伯夫人として好意的に受け入れているということだ。先ほどの様子から判断するに、彼らはテオドールと彼女が一線を越えたと知ってとても喜んでいた。
これまでも、テオドールにリーゼロッテのよい評判を伝えようとする者はいた。テオドールはそんな人々に対し、彼らは毒婦に騙されているのだと思っていた。
しかし、いくらリーゼロッテが毒婦だったとしても、屋敷の使用人全員を巻き込んでテオドールを騙すことは無理だ。
(わけがわからないな)
まるで狐に抓まれたような気分で悶々としていると、部屋をノックする音がした。
「テオ。入るぞ」
返事をするより先に、ドアが開く。カルロだ。
「今週分の報告書だ」
カルロは厚さ五ミリほどの書類をテオドールに手渡す。毎週定例の、国境警備隊からの報告書だ。
「ああ、ありがとう。何か気になることは?」
「先週、隣国のナリータからイスタール王室宛に信書が届いていた」
「信書?」
テオドールはカルロから渡された報告書に添付された、重要な郵便物のリストを眺める。そこには確かに、隣国のナリータの王室からイスタールの王室に信書が届いた旨が記載されていた。
「開けるわけにもいかないから、内容は不明だ。ただ、ナリータに潜入している諜報員からの報告では、半年後に開催されるナリータの王太子の生誕祝いに関してではないかと」
「ナリータの王太子は確か、二十一歳で婚約者不在だったな?」
「ああ、そうだ。恐らく、婚約者選びも兼ねている」
「だろうな。では、参加するのは王女の可能性が高いな」
テオドールは顎に手を当てる。
隣国ナリータとは建国以来、諍いを起こしては和解するということを繰り返しており、今現在は比較的良好な関係を築いている。
ただ、今の関係が良好だからと言って未来永劫それが続くとは限らない。むしろ、今が良好だからこそこの関係を崩さないように、両国は政略結婚を模索する可能性が高いとテオドールは考えていた。
「王室からの連絡待ちにはなるが、相応の警備体制を敷くための準備をしておいたほうがよさそうだな」
「ああ、俺もそう思う」
カルロはテオドールの意見に同意した。
「王都にいる部下達にも、何か情報があれば早めに届けるように伝えておくよ」
「ああ、助か──」
そこまで言いかけて、テオドールはハッとした。
「王都の者たちに、もうひとつ指令を出してくれ」
「え? 何か不穏な動きでもあるのか?」
カルロの表情に一瞬で真剣みが帯びる。テオドールは軽く首を横に振った。
「いや、そういうわけではない。ただ、気になることがあるんだ。リーゼロッテについて、調べてほしい」
「奥様について? 結婚前に調べただろう? その……、ちょっとばかしやきもちやきだとか奔放だとか──」
なんとかオブラートに包もうとしているが、要は嫉妬深く身持ちが悪いと言っているのだ。
その報告についてはテオドールもよく覚えている。報告書の情報とリーゼロッテと護衛騎士の部屋でのやり取りを聞き、テオドールは彼女を毒婦だと断定したのだから。




