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第一章 突然の婚約破棄と新たな縁談(1)

 ここは王都にあるオーバン公爵家の一室。

 今さっき届いたばかりの手紙を読み、リーゼロッテは眉根を寄せた。


「今から王宮に?」


 そこには、是非リーゼロッテと話をしたいのですぐに王宮に来てほしい旨が書かれていた。手紙の差出人は、イラリア=コンローニ。この国──イスタールの第三王女だ。

 部屋に置かれた置時計を確認すると、時刻は午後四時を少し過ぎた頃だった。今から外出の準備を整え馬車で向かうとなると、到着は五時を過ぎるだろう。


「急がないと。ライラ、準備を手伝ってくれる?」


 リーゼロッテは窓際で花瓶の花の手入れをしていた侍女に呼びかける。


「はい。今すぐ」


 ライラは水差しをサイドボードに置くと、すぐにリーゼロッテの外出用ドレスとカバン類を用意し始める。それを鏡越しに眺めながら、リーゼロッテは少し赤みがかった艶やかな金髪をくしでとかした。


(一体、なんの用事かしら?)


 イラリアとリーゼロッテは一緒にお茶を楽しむような仲ではない。というより、ほとんど会話をしたことすらない。


「ライラ。お父様はまだ外出から戻っていらっしゃらないわよね?」

「はい。今夜は遅くなると」

「そう。タイミングが悪いわね」


 リーゼロッテは、はあっとため息をつく。


(まさかとは思うけど、噂を鵜呑みにして?)


 ここ最近、王都の社交界ではおかしな噂が囁かれていた。

 リーゼロッテがイラリアの侍女たちに執拗な嫌がらせをしている。イラリア付きの近衛騎士であるリーゼロッテの婚約者──アドルフと彼女の侍女達が親しくしているのに激しく嫉妬しているようだというものだ。


 さらに、リーゼロッテがアドルフ以外の男を誑かし、逢瀬を重ねているというものもあった。


 初めて友人からその話を聞いたとき、リーゼロッテは飛び上がるほど驚いた。なぜなら、イラリアの侍女には会ったことすらないし、家族や婚約者以外の男性と私的なお出かけをした記憶も一切ない。全く身に覚えがなく、完全に寝耳に水の話だったのだから当然だ。


(でも、どうしてそんな根も葉もない噂が?)


 誰かがリーゼロッテに関するそういった間違った情報を流さない限り、噂など立ちようがない。出所のわからない悪意は、より一層薄気味悪く感じた。


(肝心のアドルフ様とも全然お会いできないし……。近衛騎士ってこんなにもお忙しいものなのかしら?)


 オーバン公爵家は子供がリーゼロッテと妹のシャーロットのふたりしかおらず、嫡男がいない。そのため、オーバン公爵家に婿入りしてもらうべく、五年ほど前にラット伯爵家の次男で当時は騎士学校に通っていたアドルフと婚約した。

 今現在アドルフは騎士として働いており、つい数か月前にイラリア付きの近衛騎士になったばかりだ。


(せめてお父様が同伴してくださったら心強かったのだけれど……)


 しかし、父がいないからといって王女であるイラリアの呼び出しを無視するわけにもいかない。

 リーゼロッテは小さく首を振ると、すっくと立ちあがった。




 リーゼロッテの住む国──イスタールの王宮は別名〝金色の城〟と呼ばれる荘厳な建物だ。

 左右に大きく広がる四階建ての城の城壁に黄色がかったタイルがふんだんに使用されており、遠目に見ると城全体が金色に見えるのでそう呼ばれるようになったのだとか。

 王宮の入り口で馬車を降りて宮殿へと向かう。ふと、頭上から大きな鳥の羽ばたきのような音が聞こえてきた。


「あら、ヒッポグリフがいるわ」


 リーゼロッテは空を見上げる。

 数十メートル頭上を、数頭のヒッポグリフが並んで飛んでいるのが見えた。

 ヒッポグリフとは鷹の頭と馬の体を持っており、鷹の頭と獅子の体を持つ幻獣──グリフォンと馬を交配させてできた生き物だ。大きな翼を持ち空を自由に飛ぶこともできるので、馬よりも優れた騎士達の相棒として重宝されている。


 ただ、ヒッポグリフは警戒心が強く、彼らが認めた相手でなければ背中に乗せることはない。そのため、ヒッポグリフに乗る騎士は『幻獣騎士』と呼ばれ、騎士の中でも特別な存在とみなされている。


「あら?」


 リーゼロッテは目を凝らす。一匹だけ、姿かたちが普通のヒッポグリフと少し違うように見えたのだ。足が太いし、体が大きい。それに、胴体部分がもふもふしているように見える。


(あれは何かしら? グリフォン? でも、人が乗っているし……)


 その生き物の背中には、黒い服を着た黒髪の人が乗っていた。

 もっとよく見ようと目を凝らすが、なにぶん遥か上空を飛んでいるのでよく見えない。そうこうするうちに、その不思議な生き物は王宮の裏側へと飛んで行ってしまった。


(うーん、見間違え?)


 幻獣と馬を交配したヒッポグリフであればいざ知らず、幻獣のグリフォンに乗るなど聞いたことがない。リーゼロッテは小さく首を振ると、先を急いだ。

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