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第二章 誤解と二年間の空白(9)

 

 ◇ ◇ ◇


 早いもので、リーゼロッテがラフォン領に来てからもうすぐ二年になる。

 中心街近くの高級住宅街にある大きな屋敷に、明るい声が響いた。


「ごきげんよう」

「奥様、ようこそいらっしゃいました」


 訪ねてきたリーゼロッテを出迎えたのは、ラフォン領最大の商工会の会長で、ここは彼の自宅兼事務所だ。会長はにこやかな笑顔を浮かべ、リーゼロッテを応接室へと案内する。


 勧められるがままに椅子に座ると、リーゼロッテの前に紅茶が置かれる。

 一口飲むと、芳醇な味わいと優雅な香りが鼻孔をくすぐった。


「とても美味しい紅茶ね」

「はい。隣国ナリータの紅茶を輸入したものです。とても好評で、初回の入荷分は全て完売しました」

「そう。よかったわ」


 ほくほくの笑顔で説明する会長を見つめ、リーゼロッテは笑みを零す。


 領地の税収は、領民の収入に左右される。細かな計算方法は定められているものの、簡単に言うと農民であれば収穫高、商人であれば販売額に応じて一定比率の税金を納めるのだ。つまり、領民が豊かになると税収が上がり、ラフォン領として自由にできるお金が増える。それを原資にして医療や福祉、経済政策を打てば、よい循環が生まれてゆく。


 リーゼロッテはラフォン領の最大の強みは、隣国と国境を接した広大な領地だと考えた。これは、イスタールの多くの他領にはないラフォン領の特色だ。だから、異国のものを積極的に輸入してイスタールの各地域に出荷する商社業をすればいいのではないかと考え、持ってきた貴金属を売り払って得たポケットマネーを元に会社を設立した。その運営を、この商工会の会長に委託しているのだ。


「それと、先日奥様からご提案頂いた専門街のシステムですが、とても好評です。利用者からは一カ所で物を買えるから便利になった、出展者からは初期投資が少なく繁華街に店舗を出せるので売り上げが伸びたと。もちろん、家主からも空き物件を有効利用できたと喜ばれています」


「ふふっ、やっぱり。わたくし、常々『買い物をするときに店と店の場所が離れているのは不便だわ』って思っていたの。皆様もきっと同じ気持ちだったのね」


 リーゼロッテはくすくすと笑う。


「こちらは今月のお渡し分です」


 会長が硬貨の入った袋をリーゼロッテに手渡す。


「いつもありがとう」

「いえ、お礼を言うのはこちらのほうです。皆、奥様には心から感謝しております。余裕が出たぶん、公共事業などへの寄付金に回す余裕も出ています」


 リーゼロッテはその言葉を聞き、口角を上げる。


(いい傾向ね)


 この商工会長はまだ三十代半ばと若いが、その分考え方が柔軟でリーゼロッテの提案を次々実現してゆく行動力もある。ビジネスパートナーに彼を選んだのは正解だった。


「そうだ」


 会長が思い出したように声を上げる。

「ラフォン領でとれるリンバット石ですが、奥様の仰る通り『情熱の赤』と銘打って売り出したところ売り上げが倍増したそうです。特に、小ぶりの石をバラの形に配置したものが人気だとか」

「まあ、本当に? よかった!」


 リーゼロッテは胸に手を当てて喜びを顕わにする。


 リンバット石は、ラフォン領で多く採掘される天然石だ。濃い赤色をしており、それが血の色に似ているとして永らく宝石には不向きな石とされてきた。リーゼロッテはそれをなんとか資源にできないかと考え、赤を『血』ではなく『情熱の赤』と銘打って売り出すことを考えたのだ。


 この案が受け入れられるかは五分五分だと思っていたが、若い人たちを中心に人気を得ているという。


「中央通り二番街のモネカ宝飾店で取り扱っております。値段が比較的リーズナブルなのも人気の一因ではないかと」 

「教えてくれてありがとう。帰りに寄ってみるわ」


 リーゼロッテは笑顔でお礼を言うと、屋敷をあとにする。


「帰りはモネカ宝飾店に立ち寄ってから帰宅するわ」

「かしこまりました」


 御者は慇懃な態度で腰を折ると、馬車のドアを開ける。

 リーゼロッテは馬車に揺られながら、先ほど受け取った袋の中を見た。


(うん。だいぶ貯まっているからきっと大丈夫)


 これだけあれば、女がひとりで生きていくこともきっとできるだろう。


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