第二章 誤解と二年間の空白(7)
リーゼロッテはすっくと立ちあがる。
「リーゼロッテ様。どちらへ?」
ドレスの手入れをしていたアイリスが不思議そうにリーゼロッテに問いかける。
「テオドール様に会いに行くのよ。すぐ戻るわ」
リーゼロッテはそれだけ言うと、意気揚々と部屋を出た。といってもテオドールの行動を把握しているわけではないので、まずはセドリックの元に向かう。
リーゼロッテがセドリックを見つけたとき、彼は自分の執務室で事務仕事をしていた。
「奥様、いかがなさいましたか?」
「今、テオドール様はどちらに?」
「幻獣騎士団の訓練視察のため、北訓練場にいらっしゃいます」
「北訓練場ね。ありがとう」
リーゼロッテはお礼を言うと、早速北訓練場に向かった。
ラフォン辺境伯領に来てからというもの、リーゼロッテは早くこの地に慣れようとアイリスに案内してもらい、主要な施設の名前や場所を一通り暗記した。北訓練場も、行ったことはないが場所は頭の中に入っている。
その三十分後。リーゼロッテは高い壁に囲まれた施設の前にいた。
「えっと……、ここよね?」
中からはカンカンと金属がぶつかり合うような音が聞こえるので、打ち合いの稽古でもしているのかもしれない。
(よし、行きましょう!)
リーゼロッテは入口へと向かう。しかし、そこで呼び止められた。
「お嬢さん、ここは訓練場だから立ち入り禁止だぜ?」
進入を制止しようと入口の前に立ちふさがったのは、リーゼロッテより少し年上の若い男だった。茶色い髪に茶色い目をした、体格の良い凛々しい青年だ。
「あんた、すごい美人だな。名前はなんて言うんだ? 俺はここの騎士団長をしてるカルロだ」
男は口元に少し笑みを湛え、リーゼロッテを見下ろす。その甘い微笑み方から判断して、女慣れしていそうな印象を受けた。
「ごきげんよう、カルロ様。わたくしはテオドール様の妻のリーゼロッテです。夫に会いに来ました」
「え? テオの?」
男は驚いたように大きく目を見開き、「少々お待ちください」と焦ったように奥へと消えた。その様子に、テオドールはここにいるのだとホッとする。
(ようやくお会いできるかしら?)
期待に胸を膨らませていると、奥から「おい、テオ!」と先ほどの男──カルロの声が聞こえた。
「奥様がお前に会いに来ているぞ」
「なんだと?」
「だから、お前の奥様が今外にいる」
「……追い返せ」
「え? いいのかよ?」
「いい」
不機嫌な低い声が、はっきりと聞こえた。
しばらくして、カルロは申し訳なさそうな顔をして戻ってくる。
「奥様、申し訳ございません。閣下は今、手が離せないそうで──」
手が離せないようには聞こえなかったけど?と言いたい気持ちをリーゼロッテはぐっと押さえる。テオドールは領主なのだから、カルロが無理やり連れて来るのは無理だとリーゼロッテもわかっている。
「そう。お手間をかけさせてしまってごめんなさい。訓練頑張ってくださいね」
リーゼロッテはにこりと微笑むと、丁寧にお礼を言ってその場を去る。
ここにきてようやく、リーゼロッテは薄々感じていたことに確信を深めつつあった。
(わたくし、旦那様に避けられている?)
そうだとしか思えない。
屋敷に帰ってくることはあるのだから、夜寝室に顔を出すくらいはできるはず。それをしないのは、リーゼロッテに会うつもりがないからだろう。
「困ったわ」
──白い結婚。
それが今のリーゼロッテとテオドールの関係を表す、最も適切な言葉だろう。向こうも合意して結婚したのだから、正直拒まれるとは思っていなかった。