家族だからね
「……君はおかしいよ。正気じゃない。人間と魔族は敵対してるんだよ。それなのに、どうしてそこまで固執するんだ? 手放してしまった方がいいとは思わないのかな?」
まあ普通ならそうした方がいいのかもね。でも、あいにくと僕は普通じゃないんだ。それに、そういう約束だからね。
「そうでしょうか? でも契約ってそういうものでしょう? 後から都合が悪くなったから、もっといい条件が出されたから自分勝手に変更するなんて、そんなのはあってはならないことだ」
どんな些細なものだろうと、相手が誰であろうと、約束は守らなくちゃいけない。守るつもりがないなら、初めから約束なんてしてはいけない。それが僕が王様をやっていて学んだことだ。剣王なのに、剣は全く関係ないけどね。
「それに、一度受け入れると決めた以上は彼女達はもう僕の友人で、仲間で、家族だ。奴隷としての身分仕方ないけど、だからってそれを誰かに売るつもりなんてないよ」
「……」
「そういうわけだから、〝お引き取りを〟」
せっかくなので、昨日ミューが言っていた拒絶の言葉をそのまま言うことにした。すると、みるみるうちに面白いようにダグラッドの表情が歪んでいき、興奮しているのか赤みがさしてきた。
「……なら、そうだね。ああ、そうだ。だったら、君たちも魔族領に来たらどうだい? 次の戦王杯で魔族が勝ったら、その時には君達も魔族の仲間として迎え入れると約束しよう。それなら、『飛耳長目』とも一緒にいられるよ。契約を破ったことにはならないさ」
まあ確かに。ミュー達を僕から引き離すんじゃなく、ミュー達は奴隷のまま僕ごと引き抜くんだったら契約は守られるね。
けど、そんな話を受けるはずがない。
「ですが、それは魔族が勝てば、の話ですよね。今回人間が勝ったように、次も人間が勝ったらどうするんです? その時僕は、魔族に与した裏切り者ってことになるんですけど」
っていうか、次は人間側が勝つこと決まってるし。だって僕が出るんだから。だから人間が勝つし、勝たなくちゃいけない。
「それはないよ。ないとも。次は必ず魔族が勝つさ。そのための策だってあるし、戦力だってもう整っているんだ。負けるはずがない」
「でも、今回負けましたよね? 今回だって勝つつもりで戦ったはずです。負けるつもりで戦うわけがないですからね。でも魔族は負けた。次がない、なんてどうして言えるんです? 僕はこの町で暮らしてきて、世界の状況なんて何も知りません。せめてそちらの最高戦力や、どうして勝つ自信があるのかを教えてもらってからじゃないと、魔族が勝つ、なんて妄想を信じることはできませんよ」
もしかしたら、絶対に勝てるって思えるような〝何か〟があるのかもしれないと思ったけど、どうなんだろう? ただ勝てると思いたいってわけでもなさそうな感じなんだよね。
「このっ……ボクが下手に出てるからって……調子に乗りすぎなんじゃないのかな?」
「やっぱり、僕達を保護するとか、仲間として受け入れるとかも嘘なんじゃないですか? 少なくとも、ちょっと気に入らないことを言われただけで力で脅そうとする人を信用できるほど、僕は考えなしではないので」
「……そうか。そうかい。それが君の選択ってことでいいんだね? それじゃあ……その選択を後悔しないようにね」
話はここまで、かな?
そう判断すると、僕はいつ襲い掛かられてもいいように自然体のまま意識だけを切り替え、ダグラッドの動きに備えた。
「脅しですか?」
「いいや、違うよ。違うとも。ただ、君のことを心配しただけだよ」
ダグラッドはそう言うとそれ以上何もしてくることなく、僕のことを睨みつけてから僕の横を抜けて去っていった。
これは、あれだね。後々何かしら仕掛けてくるパターンだ。諦めた感じでもないし、多分やってくるだろう。
「な、なあ。あんなこと言ってよかったのか?」
「大丈夫だよ。ちゃんと自分の言葉の責任は取るつもりだから」
ロイドもマリーも、弱気になりすぎだって。確かに今の二人じゃダグラッドに勝つのは難しいかもしれないけど、絶対に勝てないってわけでもないし、戦ってもすぐに殺されるってわけでもない。今の二人はそれなりに強くなっているんだから心配しすぎだよ。
「ならいいんだけどよ……」
「って言っても、ディアスは平気でもあたしらの方が狙われたらやばいぞ」
「うーん……ここで話すのもなんだし、家に行かない?」
まだ興奮している二人を宥め、僕たちは家へと帰っていくことにした。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。ローナはいるかな?」
「え? はい。あちらで皮の処理を行っていますが、どうかいたしましたか?」
あ、珍しくちゃんと仕事してるんだ。いや、別にいつも遊んでばかりってわけじゃなくてちゃんと仕事してるんだけどね? イメージが仕事していない感じなんだよね。
「まあ、色々あってね。色々っていうか、昨日の魔族いただろ? ダグラッド。あれと出くわしちゃってね」
「っ!」
「まあ出くわしたって言っても、特に何かあったってわけでもないけどね。向こうも、今日は何かするつもりはなかったみたいだよ」
威嚇や恫喝をしてきたけど、本気じゃなかった気がする。だって、本気だったら最初っから僕のことを殺すなり攫うなりしてたでしょ? 路地に引き摺り込んでボコすことだってできたはずだ。いや、僕はボコされないけどさ。
「……そうでしたか。ですが、申し訳ありませんでした。私事に巻き込んでしまった形になります」
「いいよ別に。そんなこと気にしなくてもさ。君たちを受け入れる時、一緒に来る厄介ごとも抱え込む覚悟をしたんだから」
「ありがとうございます」
お礼を口にしているけど、多分申し訳なさとか感じてるんだろうな。
「なあに〜? 呼んだー?」
「呼んだよ。だから適当なところで切り上げてこっちに来て」
「りょりょ〜」
こっちの話し声が聞こえたようで、奥から顔を出したローナが返事をしてから一旦部屋の中へ戻って行った。
「がおー!」
戻ってきたかと思ったら、何かの獣の頭を被ってやってきた。あの頭って、僕達が狩ってきたやつだよね?
「……はい。席についてね」
ローナの奇行を無視して席につくように促すと、僕の頭をガシガシ噛んできた。痛くないんだけど、邪魔なんだよね。
「ぶー。なんか寂しくない? もっと反応してくれてもいいじゃない!」
「話すことがあるんだよ。あとで遊んであげるから、おとなしくこっちに来てね」
「子供扱いしないでよね、まったく。そんなこと言わなくってもちゃんとすればいいんでしょ。……で、本当に遊んでくれるの?」
あ、結局遊びはするんだ。
「ガキじゃねえか」
「いやいや、よく考えてよ。私と本気で遊んでくれる人ってきちょーなのよ? あんた達だって私が本気を出せばどんな勝負だってすぐに私の勝ちになっちゃうんだから!」
「そりゃあ知ってるけどよ……」
「あ、でもあたし計算勝負なら勝てる自信あるぜ!」
「それはノーカンよ! 物理よ物理! 拳と拳、脚と脚の肉体勝負の話!」
「いいから、今は席についてね」
ロイドとマリーとローナの話を遮り、再び全員に席に着くように促す。
「はーい」
「そのまま座るのか」
「え? あ、これ片付けてきた方がいい?」
「……もうそのままでいいよ」
獣の頭を被ったままのローナを見て、下手に指示を出すとまた無駄に時間がかかることになるし、そのまま進めることにした。
「で、改めて話をするけど、さっき昨日の魔族——ダグラッドに遭遇してね。金を用意したから引き渡せ、ってさ」
「……ほーん。で? ご主人様はどうするわけ?」
あ、雰囲気が変わった。流石のローナもこの話は気になるみたいだ。
「もちろんお断りしたよ」
「それでよかったの? 私ら、ぶっちゃけ邪魔でしょ? 商売だってもう軌道に乗ってるんだし、新しく人を雇えば私たちがいなくてもなんとかなるっしょ」
まあ、そうだね。元々は狩ってきた肉を無駄にしないように、そして近所の人たちからのやっかみをなくすために商売を始めようと思ったんだ。そしてそのために大人であるローナが必要だった。
でも、今はもう始めちゃったわけだし、肉を狩ってるのだって母さんにバレたんだから頼めば店主として名前を貸してくれると思う。従業員だって、そこらへんで人を集めることだってできる。
「うん。実際、魔族て厄介ごとを抱え込んで商売なんて面倒なことをするくらいだったら、素直にあの男の話を受け入れたほうが得なんだよね、普通ならさ。それくらいの金額を提示してきたんだ」
「では、なぜ私たちを? ご主人様の特になるのであれば、私たちを彼方に売った方が良かったのではないですか?」
「そうかもしれないけど、普通は得があるってだけで、僕にはそれほど魅力的に感じなかったからね。商売やってるのだって、自分たちの修行ついでにとってきた肉の処理を兼ねてるわけだし、お金をもらったからって修業を辞めるわけには行かないしね。かといって、今更他人を引き入れるのも問題がある。オドについて黙っておいてくれる人じゃないとダメだし、最低限の強さがないと何かあったときに母さんが心配だしね。だから二人がいるのは僕にとっては都合がいいんだ」
そう。ローナとミューを切ることはできるんだけど、そこに旨みを感じないんだよね。
「それに何より、二人を抱え込むって決めたんだ。後から来た怪しいやつに勝手に売り渡すなんて、筋が通らないでしょ? 契約っていうのは一方的なものじゃなく、お互いがお互いに誠意を持ってやるものだからさ。ミューが覚悟を持ってここに残るって選択をしたのなら、僕もそれに応えなくちゃ。でしょ? たとえミューが向こうに行きたいと思っていて、僕が送り出したいと思っていたとしても、契約は契約だ。最初に決めた覚悟は、そう簡単に変えていいものじゃないでしょ」
うーん……これ二人に向かって言うのはちょっと恥ずかしいんだけど……言わないわけにはいかないかな。
「それに、ダグラッドにはもう二人は仲間で家族だ、って言っちゃったんだ。次の戦王杯までの期間限定かもしれないけど、それまでの間は僕は二人のことを身内として扱うつもりだよ。だから、二人もそのつもりで接してくれると嬉しいかな」
「……はい!」
「おおう!? 私らに新たな家族ができたわ!」
こうして堂々と言っちゃった以上、もう見捨てることはできないね。




