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ディアスの怒り

 ロイド達に今日の狩りの中止を伝えて家に帰った後、母さんの食事を作り、看病をし、家のことを細々とやった。

 だがやることを全て終えた後もまだそれなりに陽が残っていたので、森へ行ってロイド達と合流しようと考えたのだが……さて、これは一体どう言う状況なのだろうか?


 目の前にはボッコボコのボロ雑巾にされてるロイドと、そのボロ雑巾を作り出したであろう魔族。

 近くにはなんだか鼻息の荒い気持ち悪い魔族と、それに追われて逃げ回ってるマリー。

 それから、解体の終わった様子のマリゴルンの肉を足元に確保している魔族。

 でもあのお肉、ロイド達がやったのかな? だって背負子に積んであるし、捌き方が二人の感じと同じだもん。ダメだって言ったのに、やっちゃったかぁ。これは後でお説教だね。


「さてさて、これはこれは……どうしてくれようか」


 けどまあ、今はそんな説教よりも、やるべきことがある。


 状況から考えると、多分肉を手に入れたところを見つかって奪われた、ってところかな?

 でもこんなところで魔族に偶然会うわけないし、魔族達が自分たちの肉を取りにいたんだったら、魔族達は何も荷物を持ってないのが気になる。


 ってことはだ。……やっぱり目立ちすぎちゃったかぁ。

 これ、僕たちが肉を確保してるのをどこからか知って、僕たち……というか今回はロイド達の後を尾けてそれを奪いに来たって感じ、だと思うんだよね。


 マリーは……なんであんなに逃げ回ってるのかわからないや。いや、格上相手に逃げるのは当然だし、ロイドのことを見捨てられなかったんだと思うけど、なんか命とは違う危機感から逃げてるような気がするんだよね。


 ……あ、こっちに来た。ついでにマリーのことを追いかけてた魔族も向こうに合流したね。


「どうしてくれようか、なんて、随分と余裕ぶってんじゃねえか。ええ? 俺達を斬るってか? 随分調子に乗ってくれてんじゃねえかよ」

「助けに来た感じか? ばっかじゃねえのか? お前みてえなガキが助けに来たところで、おもちゃが増えるだけだっての」

「ガキじゃなかったとしても、人間って時点でおもちゃになるのは変わんねえだろ」

「そりゃそうだ!」


 ……ああ。まあわかってたけど、〝そういう輩〟か。なら、加減も手心も何も必要ないね。

 人間のためにと再びとった剣を振るう相手としては、申し分ない存在だ。

 〝私〟は大丈夫だけど、〝僕〟が耐えられるかを確認するために、どこかで一度〝人〟を殺しておかなくちゃいけないと思ってたところなんだ。この三人には、その調査に付き合ってもらうとしよう。


「ロイド、マリー。まだ起きていられる? 無理だって言っても、無理して起きて、よく見といてね」


 でも、せっかくだ。二人には良い機会だし、肉体強化ではなく、身体強化の領域を見て、理解してもらおう。

 マリーは疲労困憊だろうし、ロイドなんてボロ雑巾だから体を起こすのも辛いかもしれないけど、まあそこは自業自得ってことで頑張って。剣王の剣を見られるなんて、一生に一度あるかないか……いや、今の時代だと、一度もないと断言できることなんだからさ。


「無視してんじゃねえよ! 雑魚種族の分際でよお!」


 見てもらうにあたって二人にあらかじめ言っておきたいことがいくつかあったんだけど……せっかちさんだなぁ。

 こんなすぐ襲いかかって来なくっても良いじゃないか。リーダーっぽい雰囲気出してるんだし、もうちょっと落ち着いて余裕を持とうよ。


「二人とも、見ておいてね。これが〝身体強化〟だよ」


 肉体強化なんかではない、本当の身体強化。


「「は——?」」

「な、なんだ……なんで斬れねえんだよ!」


 ロイドとマリーの声が重なり、僕に切り掛かってきた魔族の困惑の叫びが森の中に響き渡る。


 でも、そうだろうね。今の肉体強化しかしらない世代にとっては、こんなことは初めてだろう。


 こんな、頭めがけて真っ直ぐ振り下ろされた剣を、髪が受け止めるなんて光景はさ。


「くそっ! なんだってこんな硬えんだ!?」

「違うよ。これは、硬いんじゃない。二人とも見てる? ただ体を硬くするだけが身体強化じゃないんだよ」


 よく見なよ。ついでによく考えなよ。どこの世界に、髪の毛の硬さで剣を止める奴がいるんだってのさ。

 これは、二人にも言ったけど体を硬くしてるわけじゃない。


「無視してんじゃねえよ! おらあ——あぐっ!」


 目の前で攻撃を加えている自分のことを無視してロイドとマリーに声をかけたのが気に入らなかったのか、魔族の男が肉体強化を施し、僕の首目掛けて思い切り剣を振り下ろした。

 けど、その程度では何も変わらない。ただ剣が通らなかっただけではなく、固いものを殴った反動を受けたように手が痺れたんだろうね。情けなく悲鳴を上げながら剣を落とした。


「肉体の性能を向上させるだけではなく、肉体をこの世から切り離し、世界からの干渉を退ける技法」


 肉体の性能を強化するのではなく、身体そのもの……言い換えれば、自身という存在そのものを強化するのが身体強化だ。


「おい! てめえら何見てるだけでボケっとしてんだよ! こいつを殺すぞ!」


 男の叫びにハッとした仲間の魔族二人は、それぞれの武器を構えながらこっちに向かって走ってきた。

 武器を落とした男も、逆の手で剣を拾って三人一緒になって襲いかかってくる。


 けど、結果は変わらない。


「——硬身術だ」


 これが身体強化——転じて、神体強化。自身を強めていき、鍛錬の果てに神に至るための技法だよ。


「なんだこいつ! 化け物か!」

「なんで刃が通らねえんだよ!」

「殴れ! 押し倒して潰せば刃が通らなくても関係ねえ!」


 そもそも、この三人と今の僕じゃ、立っている次元が違うんだ。

 存在としての格が違うのに、格下のこいつらが僕を傷つけられるわけないじゃないか。僕を殺したいんだったら、せめて僕の影に手を伸ばすことができるくらいの格を手に入れないと。

 そのためには……君たちじゃ弱すぎる。もっと鍛えて出直しておいで。まあ、出直す機会は一生来ないわけだけど。


「肉体の強化ではなく、自身の存在そのものを強化して世界からの干渉を遮っているんだから……」

「な、なんだ!? 殴ってんのに! びくともしねえぞ!」

「当然、この程度では傷つくどころか触れることすらできないよ」


 剣で切ることは諦めて鈍器として何度も殴りかかってくるけど、意味なんてない。だって、そもそも〝届いてない〟んだから。


 このまま放置しておいても僕が負けることはないけど、そろそろ終わらせにかかるとしようか。どのみち放っておくつもりはないんだ。無駄に相手をする時間を伸ばす必要もないしね。


「一人目」

「ひっ——」

「君たち如きには、剣術は必要ないね。ただの棒振りだけで終わらせようか」


 その辺に落ちていた木の枝も、自身の体の一部として扱って存在の格を上げてやれば、それだけで他の物質からの影響を受け入れない不壊の武器になる。まあ、形が形だから、斬るために使うには相応に技術が必要だけど。


「ば、化け物じゃねえか! なんだってこんなやつがこんなところにいるんだよ! 俺は逃げるからな!」


 ロイド達が狩った肉を確保していた男を無造作に切り捨てると、それを見ていた男……マリーのことを追いかけていた魔族が捨て台詞を残して走り出した。

 あの速さだと、多分肉体強化を使ってるね。魔族の元々の能力に肉体強化。普通だったら追いかけることもできないだろうけど……


「世界から自身を切り離すということは、それは全てを大地に縛り付ける重さからも解放されると言うことでもある。だから……」


 ロイドとマリーに説明するように呟いてから、森の中へ逃げていった魔族のいる方を見つめ、軽く地面を蹴り出す。


 それだけで体が前に飛んでいき、木にぶつからないように空中を踏んで・・・・・・避けながら追いかける。


「あ、お——」

「二人目」

「——い!」


 何か言いかけた男の首を切り落として、おしまいだ。


 刎ねた首をキャッチして、また元の場所へと戻るけど、この間……何秒だろう? 多分二秒位かな?


「宙を舞う埃を足場に空を跳ぶこともできる」


 格下の存在に邪魔されることがないんだから空気の抵抗なんてなく進むことができるし、極めれば逆に抵抗を上げて空気を踏むことだってできる。


 これこそが身体強化だ。ただ肉体を強化するだけの紛い物とは全くの別物である技法。それが肉体強化と同様のものだと思われるようになるとは……残念でならないよ。本当にね。

 もっとも、ここまでたどり着くのに相応の時間と努力と才能が必要だから、使えるものが減っていった、っていうのも理解はできるんだけどね。


「……さて。残すは君一人だけど、逃げなくていいの?」

「はっ……逃げた、ところで、てめえから逃げられんのかよ」

「無理だね。ああむ、そう考えると逃げないという選択肢は正しいのか。みっともなく短絡的な頭をしているわりに、結構頭が回るじゃないのさ」

「て、てめえはなんなんだよ……。なんで死なねえんだよ!」


 震える声で精一杯虚勢を張りながら問いかけてくる魔族。この状況で逃げずに僕と向かい合う勇気は褒めても良いけど、悪いね。逃すつもりはないんだ。


「それはさっき説明したよね?」

「知らねえよそんなこと! なんで死なねえんだよ! なんでだ。なんでだよ! お前は人間じゃねえのかよ! なあおい!」

「人間だよ。僕はどこまで行っても人間でしかない」


 魔族に対抗するために努力してきただけの人間だ。これは化け物の力じゃなく、単なる人間の可能性。鍛錬の結果だよ。


「ふざけんな! たかが人間如きにてめえみてえなバケモンがいてたま——」

「でも」


 そう。でも、だ。

 僕の扱う技術は人間の可能性の表れでしかない。だから、覚えようと思えば誰だって覚えることができるものだし、僕自身は人間という存在でしかない。


 でも……


「最強の人間だ」


 あいにくと、その人間の中でも最強とまで呼ばれた存在。人間の可能性の一つ。その果てなんだ。


「……は。マジで、こんなところにいるんじゃねえよ。化け物が」


 魔族の男は、何かを察したのか諦めたように体から力を抜き、自嘲するような笑みを浮かべて呟いた。

 これは……うん。そうだね。最後に少しだけ、願いを叶えてあげようか。


「お前たちは剣王を連れて来いと言っていたな。喜べ。お前の前にいる〝私〟が、剣王だ」


 名乗りをあげ、木の枝を両手で持って頭上に掲げる。

 木の枝に生命力を流し込み、その性質を変化させていくと、バチバチと木の枝から小さな光が弾け出した。

 これでいい。ここまでやる必要はないけど、せっかくだ。ロイドとマリーには良い手本になるだろうしね。


「——【霹靂一閃】」

「剣王なんて、マジでクソッタレだ——」


 魔族の言葉を最後まで聞くことなく頭上に掲げた剣を振り下ろし、僕の剣は雷となって激しい光と音と共に魔族を両断した。

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