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二輪霊日記 4 The Diary of Ghost Rider 4

作者: ヘイゲン

 機敏に反応するタコメーターとカフェレーサースタイルの二輪に走りが熱くなった。突き上げてくるエンジンの振動は無くした僕の心臓だった。加速すれば鼓動は高まり針が大きくふれた。「やっぱりメーターは2連だな」とヘルメットの中で声に出してみた。もう数日走り続けているような気もするが、時間の感覚はまるでなかった。そしてそれは、どうでもよいことだった。ただイメージした走行ラインをなぞるように加速と減速を繰り返した。


何度か走行ラインを外れて大きく膨らんだが、対向車とすれ違うことは一度もなかった。半ヘルにゴーグル、首にストールをグルグル巻き、革の上下に足下は厚底ブーツで固めていた。やはりお約束のスタイルは気持ちが良い。


道が平坦になった。大きな川に架かる橋を渡ったところで二輪を止めた。並行した鉄橋の上を貨物列車がゆっくりと走っていくのが見えた。二輪を降りると心臓の鼓動も止まったようで、影の無い僕はやわらかな日差しの中でなんだかふわふわしていた。


橋の欄干のたもとに花束が置かれていた。見渡してみたが辺りにそれらしい気配はない。僕は花束横に置かれた菓子箱にそっと手を伸ばし、まずはキャラメルを味わい、次に板ガムを2枚食いしてクチャクチャさせた。美味い。どのみち日が暮れれば這い出してくるヤツらに食われるだけだ、と供物を食べた言い訳を自分にして残りを全部ポケットに入れた。


ヒューンとモーターのような音が近づき、振り向くと一台のバイクが僕の二輪の横にピタリと停車した。ブルーの派手なカウル付きで、いかにも公道レーサー然としたスタイルだったが、見た目の華やかさのわりにはエンジン音は静かだった。


ヘルメットのシールドを開け、男がこっちに向かって何かを言っている。若い感じだ。辺りを見渡してみたが誰もいない。僕が見えているのか、と男の足下を見ると影が無い。

驚いた。お仲間か、と握手の手を差し伸べてみたがその影の無い男は応じず僕を指差し言った。


「あんた、今、俺のを食べたよね」

いきなりなんだ「オレの何だって」と聞き直した。

「あんたが今口の中でもぐもぐさせているもの、それ俺のなんだよ」

「なんだそれ」開口一番僕を泥棒呼ばわりか、そもそも挨拶もできないのか、とがっかりして出した手を引っこめた。


「ここからの勝負であんたが勝ったら許してやるよ」と、子供っぽい笑みを浮かべている。

「ここから直線、どんつきをぐるりと右に回って橋を渡ったここがゴールだ」

「どんつき、どこだ見えないぞ」

「このまま真っ直ぐ道なりだ」

確かに僕のライダースジャケットのポケットにはキャラメルとガムが入って膨らんでいる。ちょっと負い目を負わされた気がしたが、逆に闘志が湧いてきた。こっちはカフェ仕様だ、負けるわけにはいかない。エンジンは十分に暖まっている。


シグナルスタート。

向こうはモーター音のひとひねりでスッと前へ。さすがカウル付きだ。こちらはもう二足、そして三足だ。しかしこの二輪も速い、なんたってカフェスタイルだ。ビッグシングルのエンジン音で直線を後ろから追い立ててやる。そのプレッシャーに耐えられなくなったのかカウル付きはどんつきの直角のカーブで大きく膨らんだ。


「ふん、モロいヤツだ」その一瞬を逃さず僕はイメージ通りのラインを取ってインから抜き去った。よし、と思いきや背後で転倒音。カウルの割れる音。振り返ると滑るバイクが火花を散らして橋の手前の街路樹に激突するのが見えた。

「やりやがった」と僕は声に出し二輪を急停車させた。


駆け寄るとそこにはなにも無い。静寂。男も二輪も跡形も無い。激突したはずの歩道の街路樹には衝突で削られたような跡があるだけだった。その幹の上に「ここに物を置くな」の汚れた張り紙が風に揺れている。


二輪に戻ると橋の欄干のたもとで女がしゃがんで手を合わせていた。新しい花と菓子箱。その隣で数珠を握った婆さんが何かを言っている。


「息子さんには何か悪いモノがついてます。その憑いているものを祓えば息子さんは浮かばれます。あの辺りに悪い気を感じます」と婆さんは僕の方を指差し睨みつけた。 


何を言ってやがる、と僕は二人に近づき新しいチョコの箱を手に取り婆さんの前に立ち塞がった。婆さんの目線は明後日の方向を睨みつけたままだ。「僕が見えてなくて良かったね」とそっと声をかけてやったが、婆さんはぶつぶつと何かを唱え、手にした数珠を派手に鳴らしただけだった。


僕は橋の上からガムを飛ばし二輪のシートに腰をかけ手にしたチョコをかじった。あまりの美味さにめまいがした。一気に食べるのも惜しくなり、残りは今夜焚き火をしながらゆっくり食べよう、そう思った途端モーター音が近づいてきた。振り返ると先ほどのカウル付きが僕の横に止まった。ヘルメットのシールドを上げるとまたあの男だ。


「あんた、今、俺のチョコを食べたよね」

「なんだよ、見てたのならその時声をかけろよ」

「それ俺のチョコだから」

「オレのって、あそこにいたのはお前の母ちゃんか」と僕はチョコの箱を振った。

「そうだよ、母ちゃんが俺のために置いていったチョコだからな、ま、今から勝負してあんたが勝ったら持っていっていいよ、おっさん」

「おっさんだと」


以前にもおっさんと言われたことがあった気がしたので僕は怒りよりも不安になった。確かに目の前の男より自分の方が年上だと思うが、鏡に顔が映らない身の上なので如何ともしがたい。まぁ、若い男は自分より少しでも年上を見ればだいたいおっさんと言うものだ、と思い直した。動揺している場合ではない、ここは走りに集中だ、とヘルメットをかぶりゴーグルを付けた。ストールを巻き直しライダースのファスナーを上げた。


再びのシグナルスタート。

リプレイのレース。走り出した途端、同じ展開だと気がついた。前を走るカウル付きの走行ラインがさっきとまったく同じだったからだ。そしてまた最後の右折で大きく膨らみ転倒。街路樹に激突、そして消滅。


どうやらあの若い男はここで転倒、消滅を繰り返している存在のようだ、と僕は街路樹の根元の深い傷を撫でながらそう確信した。だからなんなんだ、と菓子でいっぱいのポケットを撫でながら僕は立ち上がり橋を離れた。そして川べりの目立たない場所に焚き火台を中心にして、二輪を囲むように結界を張った。念のためにもう一回り石を並べた。やがて暗闇が降りてきた。


焚火の向こうに広がる闇から、川の流れる音はまったく聞こえてこなかったが、あちらこちらから這い出してくるヤツらの物音と気配はあった。僕は気にせず焚火の前にポケット中の菓子を取り出してずらりと並べた。そのひとつひとつが炎に照らされゆらゆらと輝いている。おもむろにひねり包みを解いて一粒口に放り込んだ。口の中に広がる美味さに唸って仰け反ると星が瞬いていた。


次の包みに手を伸ばした途端、ヒューンとモーター音が近づき止まった。まさか、と振り返ると、あのカウル付きバイクに跨った男がキョロキョロと辺りを見渡している。ヘルメットを取ると顔にまだ幼さがあった。

「しょうがないな」と僕は結界を開け声を掛けてやった。


「おいおい、こんな所で焚き火をしてもいいのかよ」と結界に入ってくるなりひどく常識的なことを言いだしたので僕は面食らった。

「まぁ、直火じゃないからね」

「ジカビ、ってなんだ」

僕は「まぁ、座りなよ」席を開けてやった。


男は焚火の前に並んだ菓子を一瞥して鼻を鳴らした。

「これ、あんたにやるよ」と板ガムをいきなり渡された。

「おっ、フルーツガムか、なんだか懐かしいな、一体どうしたんだよ、えらく気前がいいじゃないか」

「懐かしいだって、俺、こんなガム見たことないよ、だからやるよ。だいたい母さんも俺の好きなグミにしてくれりゃいいのにさ」

「グミってなんだ、ゼリーか」

「は、は、は、なにそれ、ウケるよ、そういうところがおっさんなんだよ」

と男はひとしきり笑った。

 僕は、かもしれないな、と別に腹も立たなかった。そしてフルーツガムを口にした。

「お前食わず嫌いだろ、美味いよ。お母さんに感謝だよ」と僕は声を上げた。


とっくに味もなくなったガムをいつまでもクチャクチャさせ焚火のゆれる炎を見つめ続けているいちに、ある考えがひらめいた。どうしても夜が明ける前に試したくなった。

「どうだ、今からひと勝負どうだい」

「急になんだよ」横になっていた若い男は少し怯んだような声を出した。よし、今度はこっちが主導権を握ったぞ、と僕は気分が良くなった。

「お前、あの橋のスタート地点で待っていてくれないか、直ぐにいくからさ」

そう言って僕は思いつきの準備をした。


そして夜明け前の再々スタートとなった。やはりカウル付きは同じ走行ラインだ。僕は早めのシフトアップで後ろをついていく同じ展開。さぁ、本番はここからだと最後のカーブを後ろから見守った。グラリと右にバイクが傾くや否や、制御不能となり火花を上げて滑っていく。激突するはずの街路樹を滑るバイクのライトが照らした。

「よし、いたぞ」僕は声を上げた。

ライトに照らされた向こうにわらわらとヤツらが集まっていた。レース前に激突する街路樹の根元に手持ちの菓子を全部ばら撒いておいたのだ。思った通り彷徨うヤツらが菓子を奪い合い群れていた。


カウル付きバイクは群れたヤツらを薙ぎ倒しながら、根元で食べ漁っているヤツらをクッションにして跳ね返った。よし、男もバイクも消えていない。男はすぐにカウル付きバイクを立て直しそのまま橋のラインを越えた。


「ゴール!、ゴール!、ゴール!」

僕は叫んだ。歓喜のゴールと共に夜が明けてきた。若い男は消えずに橋を越えた場所で立っていた。僕はゆっくりと二輪をカウル付きの後ろに止めた。


「やったじゃねえか」

「なんだか不思議な気分だよ」

「そりゃ、そうだろうな」

無限事故から解放されたんだからな、とは言わなかった。大人は思ったことをなんでも口にしないのだ。僕は満たされた気分で橋の欄干に手をかけ覗き込んだ。辺りが明るくなるにつれ川面がキラキラと浮かび上がってきた。


「あっ、お母さんが来た」

「おい、嬉しそうじゃないか」

「からかうなよ」

「ところで隣の婆さんは誰だ」

「知らねえよ」


「おっさん、世話になったな。お母さんのお菓子は食べていいから」

「おっ、許可がでたな。今度はグミでもあるんじゃないのか」

「じゃ、俺、行くわ」

「行くって、何処にだよ」


返事はない。振り返ると男はカウル付きバイクと共に消えていた。

「なんだよ、こっちは置いてきぼりかよ」思わず声にでた。一瞬、答えるかのようにカウル付きのモーターのようなエンジン音が聞こえた気がした。


向こうで手を合わせていた母親が立ち上がった。

「今、あの子が無事に行ったのが分かったわ」

「えっ、何処にです?」

「あの子の行くべき場所です」

婆さんはキョトンとした顔で母親を見つめていた。

「あんたは何にも分かっちゃいないのだよ」と僕はポケットに残っていたフルーツガムを一枚婆さんのポケットに忍ばせてやった。


母親はしばらく空を見上げ、目を閉じた。少し微笑んだように見えた。僕は感心して、美味しいお菓子をありがとうございました、と頭を下げた。


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