7.掛かる火の粉は振り払う
「荒木サンっ!」
逼迫した無郎の声に、咄嗟に霧島は事務所に戻る。
すると、ソファの回りを無郎と屈強な男が鬼ごっこさながらに追いかけっこを繰り広げていて、入り口にはヤマタコンツェルンのオフィスで会った、水神氏の秘書が立っていた。
「おいっ! アンタらなんなんだっ!」
「無郎様を、お迎えにあがりました。会長もひどくご心痛ですので、直ぐにもお戻りを」
「本人が嫌がってるのに、力ずくかよっ」
「ウチの依頼人、連れてっちゃダメだよ〜」
無郎の腕を掴もうとした屈強なボディガードの手を、荒木はパシッと払い除け、自分の背後に無郎を庇う。
当然ボディガードは、容赦なく荒木の腕を掴み、足払いを掛けてその体を投げた。
荒木は学生時代、ラグビー部で散々鳴らした男だ。
諸事情により何度も留年していた履歴があるが、にも関わらず在学中はずっとフルバックのポジションを誰にも渡さなかった実力がある。
身長はそこそこだが、肩幅が広くて体格は大きい。
その荒木を簡単に投げたと言う事は、屈強な外見以上に、ちゃんとした体術を会得しているのだろう。
霧島は、それらの思考を巡らし終わる前に、相手の懐に飛び込んで下からの右アッパーを決めた。
「いてぇ〜」
「大丈夫ですかっ、荒木さん」
無郎は、倒れた荒木に駆け寄って、身を起こすのを手伝っている。
「わあ♡ コネコちゃんに心配されて、幸せだなぁ」
霧島に殴られたボディガードは、流石に格闘慣れしているようで、少々ふらつきはしても倒れはしなかった。
「おい。アンタらのやってる事は、不法侵入と誘拐だぞっ!」
「そちらが先に、無郎さんをたぶらかしたんじゃありませんか」
霧島の啖呵に、秘書はさもさも呆れたような答えを返してくる。
「ふざけんな。いつ、俺達が坊っちゃんをたぶらかしたって言うんだよっ?」
「その幼い無郎さんが、お屋敷から此処まで来るのを、一人で画策して実行したと? ありえないでしょう。あなた方が手引をしたとしか思えませんし、現に無郎さんは此処にいらっしゃる」
ジリジリと間合いを計っているボティガードに牽制の視線を送ってから、霧島は秘書に対して呆れた溜息を吐いた。
「アンタ、莫迦かよ。そこの坊っちゃん、ナリは小さいが自分でなんでも出来るんだぜ。だいたい、親父が行方不明だからって、ラウスってトコから東京まで、一人で来てんだろ? 交通機関の使い方ぐらい、知ってるに決まってんじゃねぇか」
霧島の指摘に、秘書は何かを思ったらしく、目線でボディガードに "退け" と合図をしたらしい。
ボディガードは構えを解いて、秘書の後ろに下がった。
「では、全くの偶然で、無郎さんは此処に居ると言うんですか?」
「いいや。アンタのボスが親父を捜してくれないから、俺らに仕事を依頼しに来たんだ」
秘書は視線を霧島から、無郎へと移す。
「この人の言っている事は、本当なんですか? お屋敷では、なんの不自由もなかったでしょう?」
「僕は、生活の保証をして欲しいとは言っていません。お父さんを見つけて欲しいんです」
「会長は、とても心配していらっしゃいます。駄々をこねずに、帰りましょう」
「いいえ。あそこは僕の家じゃありませんから、帰るって言葉は間違っています。僕が帰るのは、お父さんと一緒にラウスの家です」
荒木が立ち上がったところで、無郎は前に進み出ると、秘書に向かって毅然と言った。
その様子は、誰かに言わされているような様子が全く無かったために、秘書の方も霧島の言った事を信じたようだ。
秘書はポケットから携帯電話を取り出すと、指示を仰ぐためにどうやら水神に連絡を入れているようだった。




