6.コネコが面倒を背負って現れた
事務所の応接セットで、霧島はやたらとタバコをふかしていた。
「タキオちゃん、何をそんなにイライラしてんのさ?」
向かい側にいる、荒木が言った。
部屋は蒸し風呂状態だ。
いつもは何かと理由をつけて、階下に避暑に行ってしまう荒木も、盆休みで逃げ場が無く、今はゴロゴロしながらマンガ雑誌を読んでいる。
「イライラなんか、してねぇし」
「んも〜、可愛いコネコちゃんはいなくなっちゃうし、美人サンとはオトモダチにもなれなかったし、ボクのほーが泣きたいくらいなんだよ〜?」
霧島はふかしていたタバコを灰皿に押し付けると、そのまま灰皿を持って立ち上がる。
実際、荒木に指摘されるまでもなく、自分がイライラしている自覚はある。
ただ、その理由が判らなくて、更に苛立ちが募っているのだ。
「ねえ、ボクなんかした? タキオちゃんが怒ってると、空気が悪くてイヤなんですけど〜」
「怒ってなんかねぇって、言ってんだろ。ただあの水神ちゅーオロチが、気に入らないだけだ」
手に持っていた灰皿の中身をゴミ箱に捨てている霧島を目で追って、荒木はソファの上に体を起こした。
「カンペキ過ぎるほどカンペキな、才色兼備のインテリ美人サンだったよね〜。ああいうカンペキ美人に口説かれたら、浮気なんぞしないで一途に愛に生きられるのになぁ♡」
「寝ぼけたコト、言ってンじゃねぇよ」
あの後はいままで通りで、全くと言っていいほど仕事の依頼は無く、相変わらず霧島の給料は未払いのままだ。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に、霧島は入り口に振り返った。
「コネコちゃんっ!」
相手の姿を霧島が認識する前に、荒木がソファの背もたれを飛び越えて、無郎に駆け寄っている。
無郎は、以前とは見違えるような、高級ブランド品を身に付けていた。
「わざわざ訪ねてくれるなんて、ウレシーなぁ♡」
荒木の背後には、ピンクや赤のハートの幻覚が見える。
肩を抱くようにして、荒木はソファに無郎を連れてきた。
「一体、どうしたんだ?」
その身なりから、水神のところで丁重に扱われているらしい事が察せられたが、無郎の表情にはただ遊びに来たのでは無い様子が伺える。
「オトウサンが見つかって、帰るコトになったから、お別れを言いに来たとかじゃないの?」
「違います。荒木さん、霧島さん! お父さんを捜してください!」
「最初の時は、親父を捜す必要はねぇって言ってたじゃん」
「あの時は、水神さんがお父さんの居場所を知っているか、もしくは知らないとしても探してくれると思っていたので、お願いする必要は無いと考えていたんです。でも水神さんは、お父さんを捜してくれると言ってくれたのに、本当は捜していないって判ったんです」
二人は顔を見合わせた。
「捜してくれない?」
聞き直すように尋ねられ、無郎は頷く。
「インテリ美人サン、コネコちゃんに失礼なの?」
「いいえ。水神さんはとても良くしてくれます。でも、僕を学校に通わせようとするんです。お父さんが見つかったら、僕は一緒に帰るつもりですし、学校になんて全然興味が無いのに…」
学校は、興味うんぬんの問題では無いのでは? との疑問が脳裏を掠めたが、しかし保護者たる父親と一緒に帰ると言う、無郎の言い分の方がスジが通っている。
「だから僕、水神さんのところから抜け出してきました。お願いです、料金は働いて必ずお支払いしますから、お父さんを見つけて下さい」
「ヒト探しも仕事の一つだが…」
「コネコちゃんのお願いを、断るワケないじゃん! オトウサンは、必ずこの名探偵・荒木龍一が見つけてあげるからねっ!」
荒木は勢いよく立ち上がると、無郎に飛びつくようにして手を握り、頷いた。
「ちょっと待て荒木…」
「タキオちゃんだって、こんなカワイソウなコネコちゃんを追い返すような冷たい人間じゃないよねー」
「俺はイヤだと…」
「ほ〜ら、タキオちゃんだってイイって言ってるだろう。早速、調査に取りかからなくっちゃあ。まずはお父さんがいなくなる前から話して…」
「荒木っ! ちょっとこっち来いっ!」
霧島の意見など何も聞かない荒木に対して、霧島は耳を掴んで引っ張るという実力行使に出た。
「あだだだだっ!」
「俺は、無賃労働はしないつってんだろっ!」
事務所と住居を繋ぐ廊下に荒木を引っ張り込み、霧島は怒気をはらんではいても、抑えた声で言った。
「誰が無賃労働させるなんて言ったの? やだなぁ」
「てめー給料払ってねーの忘れたのかっ」
「そんな遠い昔の事を言われてもねぇ…」
「どこが遠い昔の話なんだよっ、現在進行形の今の話だろがっ!」
「なら、インテリ美人さんに貰った謝礼金、タキオちゃんにあげるから」
「アレはテメェが焼き肉で全部喰っただろっ!」
そこで霧島が荒木を問い詰めていると、不意に事務所の方からガタガタと物音がした。