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荒木探偵事務所  作者: RU
事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
31/36

31.俺だって腹が立っているんだ

 無郎が鞄を投げ込んだ窓の位置を、霧島は正確に覚えてはいなかった。

 更に、建物の構造もちゃんと把握出来ていない。

 そのために、人見に説明をしながらいくつかの部屋を回る事になってしまった。


「これなら、窓から入った方が良かったんじゃ…?」


 心で考えた事が口から発されていたが、そんな事も気付かないほど、霧島は疲れていた。


「あっちぃ!!!」


 ヘトヘトになりながら、3つ目の部屋のドアノブを掴んだ瞬間、叫ぶ。

 火事になっている屋敷の、金属製のドアノブが、炎で炙られて高温になっている事にすら、頭が回っていないようだ。


「ぎゃっ!」


 霧島が、着衣の袖を伸ばして手を包み、恐々もう一度ノブに触れようとした瞬間、扉が勢いよく開かれて、眉間の辺りをヘリ(・・)で強打される。


「有郎様っ!」


 よろめきつつ、眉間を抑えていた霧島の耳に、人見の叫び声が響く。

 顔を上げると、部屋から出ていった有郎らしき人物の背中が、屋敷内に立ち込め始めた煙の中に霞んでいくところだった。


「待てっ!」


 それを目にした霧島は、猛然と追う。

 ヘトヘトな事も、フラフラな事も、今の霧島には全く関係なく、とにかく「一発殴り倒したい」衝動だけで、動いていていた。

 だが、白煙から黒煙に変わりながら、徐々に火の手が屋敷全体に回る中、元々腐りかけていて走りにくい床と、おぼつかない足元によってすぐにも見失ってしまう。


「くそやろう! どこだっ!」


 屋敷の中央部分に戻ったところで、霧島は叫んだ。


「こちらですよ、霧島さん」


 意外な事に、返事がある。

 驚いて声の方へと振り返ると、有郎は階段の踊り場に立っていた。


「なぜ追って来たんですか?」

「アンタにゃ、どうしても一発入れておかないと、気が済まねェからな」

「凡人のあなたが、私を殴れますかね? それに、殴った後はどうされるつもりなんです?」

「とっ捕まえて、警察に突き出すぐらいの事は出来る」


 有郎を睨みつけながら、霧島は階段に足を掛ける。


「警察? 戸籍も無く、存在自体を認められない私を? 無駄ですよ」

「先刻は、自分が高見沢教授だと豪語してたろ?」

「ではお尋ねしますがね。貴方はそれを本気になさっているんですか?」


 霧島が一段一段歩みを進めると、同じ速度で有郎は二階への階段を登っていく。

 腕にはしっかりと、あの "鞄" が抱きしめられている。


「教授の研究は、死体をつなぎ合わせて新たな人間を造り出す事…つまり、錬金術で言うホムンクルスの製造だったんだろ? 人見も、アンタも、無郎も、要は全部が教授の "作品" なんだろうが」

「残念。完成した "作品" は無郎一人だけだ。私はプロトタイプ…試作品です。人見は更にその前の、実験体に過ぎない」

「だが、同じ魂を持つと言っただろ?」

「試作品ですから、ほぼ同じです。唯一の違いは、私の頭の中は、教授の脳のデータがインストールされている…って事だけです」

「それで自分を、高見沢教授だと名乗ったのか…」

「肉体の性能を見るための試作品に、教授は自分の脳をインストールしました。データを取るのも、実験の手伝いをさせるのも、便利だと考えたからです」

「どうして教授を殺したんだ?」

「この世に、同じ人間が二人も必要だと思いますか?」


 二メートル程の距離をおいて、二人はじっと対峙している。

 炎は容赦なく屋敷を燃やし、既に霧島の進んだ階段さえも、パチパチと音を立てて燃え始めていた。


「無郎の "教育" が終わり、完全な "商品" になったら、教授は実験体共々、私も処分するつもりだった。正当防衛ですよ」


 有郎は、カバンについている肩紐を伸ばすと、それを袈裟掛けにして身につけた。


「そして今、私は貴方に対して、同じ危険を感じています!」


 突然、有郎は階段の上から、霧島に飛びかかってきた。

 普段ならば避ける事も出来たが、今の霧島は気力だけで動いているような状態だったために、ガッチリと組み付かれてしまう。


「私を追って来るなんて、馬鹿な事をした」


 勢いで床に倒れた霧島の首に、有郎の細い指が食い込んできた。

 そのまま意識が薄れそうになったところで、不意に有郎の手が離れ、馬乗りになっていた体も退いた。


「おやめ下さい! 有郎様!」

「邪魔をするな!」


 激しく咳き込み、霧島は体を起こした。


「貴様! 出来損ないの分際で!」


 有郎と人見は、そこでもみ合っている。

 炎は階段を焼き尽くし、炭と化した支えは二人のもみ合う振動に耐えきれず、悲鳴のような軋みを上げて折れた。

 足場を失い、霧島は有郎や人見共々、深い奈落に落ちたのだった。

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