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荒木探偵事務所  作者: 琉斗六
事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
30/36

30.マッド・サイエンティストの怒り

「霧島さん、荒木さんは…?」


 背後から声を掛けられて、霧島はハッとなる。

 霧島に庇われていたとは言え、あの爆風の砂塵では、無郎の姿も薄汚れてしまっていた。

 ジッと自分を見つめてくる無郎に、霧島は首を横に振った。


「どういう事です? 荒木さんは何処に行ってしまったんですか?」

「わからん…。俺が見た時は、もう居なかった」

「居なかったっ? じゃあ、爆発に巻き込まれ……、あっ! 霧島さんっ!」


 無郎が、霧島の背後を指し示す。

 振り返った霧島は、燃え盛る建物を背後にしてシルエットしか見えない、人型の影を見た。


「荒木っ!」


 駆け寄り、脱いだジャケットでその人物の体を覆う炎を叩く。


「霧島さんっ!」


 洗濯場から水を組んできた無郎からバケツを受け取り、霧島はソレに水を掛けた。

 黒い煙を上げているソレは、霧島に叩かれた事で地に倒れ、ぎこちない動きをほどなくして止めた。


「……………」

「霧島さん、どうしたんです?」

「…こいつは…、荒木じゃない」

「ええっ?」


 確かに、二人の足下に倒れている黒コゲの人物は、荒木よりもはるかに小柄であったし、何よりそのボディラインは、女性である事を示している。

 二人はガックリと肩を落とした。


「無郎っ!」


 声は、有郎のものだった。

 先程、いち早く屋敷に飛び込んでいったはずだが、小脇に書類かばんを抱えて、戻ってきたらしい。

 無郎は、そちらに振り返る。


「来るんだ、無郎。もうここに用は無い」

「だってお兄さん。荒木さんが!」


 無郎は有郎の側に駆け寄り、強く訴えた。


「私達には関係無い。来なさい無郎」


 有郎は無郎の手をつかみ、その場から離れようとする。


「関係無くなんてありません! 荒木さんは僕達のお父さんを捜してくれていて…」

「教授を捜す必要は無い。来るんだ無郎!」

「いやですっ!」


 無郎は有郎の手を振りほどき、黒焦げ死体の側で茫然としている霧島の側に戻った。


「霧島さんっ! お兄さんが変です。お兄さんはあんなに酷い事を言う人じゃなかった。あれは、お兄さんじゃない!」

「無郎、戻りなさい! お前は私の言葉に逆らうような悪い子じゃないはずだ。創造主の言葉に逆らうような事をする筈が無いっ!」


 有郎の鋭い声に、霧島は顔を上げる。


「お前、誰だ…?」


 守るように無郎の肩を抱き、霧島は有郎を睨つけた。


「無郎を放せ。貴様のような下司が、その英知の結晶に触れる事など、私が許さん!」


 飛びかかるようにして迫る有郎を、無郎を抱いたまま霧島はかわした。


「お前は、一体誰なんだっ!」

「私はこの屋敷の主であり、無郎! お前の創造主たる高見沢裕教授だっ! さぁおいで、私とともに行くのだ。水神などに、このデータも、可愛いお前も渡す訳にはいかない」


 狂気に取りつかれた笑みを浮かべ、有郎は右手を差し伸べ、左手の書類カバンを抱え直した。

 しかし無郎は、霧島にしがみついたまま怯えたように震えている。


「坊ちゃんは一緒に行く気は無いようだぜ。有郎さん」

「黙れ! 貴様などに何が解る。私と無郎は同じ魂を持つ、言わば私自身なのだ! さあ、来なさい無郎!」

「イヤです! 僕は、…僕は人殺しをするようなお兄さんなんか、嫌いです!」

「な…しろう…」


 あまりにもはっきりとした無郎の拒絶に、有郎は愕然とした。

 燃え盛る炎が三人の横顔を照らす。

 崩れた瓦礫から、全身を炎に包まれた生きた死体達が数人、最後の抵抗をするかのように這い出し、何かを求めるかのように屋敷に向かって行った。


「…貴様の…、…貴様の所為かぁ!」


 有郎の、あまりに突然の行動に、霧島はその拳をよける術が無かった。


「霧島さんっ!」


 ここに至るまで散々な目に合い、実際立っているのがやっとだった霧島は、有郎の、予想外に強力な一撃によろめき倒れた。


「あんまりです。酷すぎます!」


 引っ繰り返った霧島の頭を抱き、無郎は涙を溜めた瞳で有郎を睨んだ。


「そんな下賤な者など気にせずに、さあ戻っておいで無郎。私は怒っていないから」

「お兄さんが、そんな風になってしまったのは、その書類の所為なんですか!?」

「これは私達と同じ魂の者を造り出す為に必要な物だ。これを使って、私達の楽園を作りだすんだよ」


 突然、小規模な爆発音が響いた。

 火だるまになった生きた死体達が入り込んだ事で、屋敷の中が燃え始めたために、窓の内側に火の手が見える。


「てめェ勝手なコト、言ってンじゃねェよ」

「霧島さんっ」


 体を起こした霧島は、右手で口許を拭った。

 殴られた拍子に、口腔内が切れたらしい。


「相棒をブッ飛ばされて、俺はこれでもかなり頭にきてるんだ。これ以上マッドなあんたと遊んでやる程、心も広くない。坊ちゃんもあんたとつき合うつもりはなさそうだしな」

「黙れっ!」

「やめて下さいっ!」


 いきり立ち、更に霧島に迫った有郎を、立ち上がった無郎が突き飛ばす。


「こんなのイヤです。そんなお兄さんイヤです。こんな書類なんて、いらない!」


 つき飛ばされた拍子に有郎が取り落とした書類カバンをつかみ、無郎は燃え盛る屋敷の窓へ、そのカバンを投げこんだ。


「無郎っ! なんて事を」

「お兄さん、目を覚まして下さい。あんな書類の事なんて忘れて下さい。自分が何をしているのか、ちゃんと見据えて考えて下さい」

「うるさいっ!」

「あっ」


 有郎は無郎の頬を平手で打つと、きびすを返して屋敷へ駆け戻って行った。


「お兄さんっ!」

「待つんだ、坊ちゃん」


 有郎を追おうとした無郎を、霧島が引き止める。


「なぜ止めるんです。お兄さんが…、お兄さんが…」

「あんなんでも、兄ちゃんが好きか?」

「もちろんです。だってお兄さんは、お兄さんじゃないですか!?」

「じゃ、ここで待ってな。俺はまだ、あの兄貴と話があるし、…それに、その話は坊ちゃんに聞かれたく無いんでね」

「霧島さん…、…怒っていらっしゃるでしょう? 荒木さんは、お兄さんが…」


 霧島は、無郎の頭を撫で、何も言わなかった。

 洗濯場の水はまだ使えたので、霧島はそれで全身を濡らす。


「霧島さん。危険だと思ったら戻ってきて下さいね。僕は…お兄さんに帰ってきて欲しいけど……。でも今は、霧島さんまで居なくなってしまう方が、嫌です」

「ああ、解った」


 屋敷の中に入っていって、有郎を捕まえてくる。

 荒木は恨みに思っていないかもしれないが、自分は有郎に少なからぬ恨みがあり、一発殴ってやらなければ気が済まない。

 霧島はもう一杯、バケツの水を頭からかぶると、燃え始めている屋敷の中に入っていった。

 入り口からさほども進まない場所に、誰かが倒れている。


「あんた…、人見さん!」

「有郎様が…、有郎様が…」

「有郎がどうした!」

「お止めしたのですが…、奥へ…」


 有郎は書類カバンを探しているに違いない。


「駐車場に近い部屋は、何処だ?」

「ご案内します」

「でもあんたは…」

「有郎様を助けたいのです。私もご一緒させて下さい」

「……………」


 足手まといになりそうなこの人物を連れていくのはあまり気が進まない。

 だが、此処で強情を張っている人見と言い争う時間は惜しい。

 霧島は頷いた。


「じゃあ頼む」

「はい」


 ヨロヨロと立ち上がった人見は、予想外に機敏な動きで先に立ち、霧島を導いた。

 古びた洋館は、空気が乾いていたのも手伝って、思いの外早く火の手が回って行く。

 Gパンのポケットに入っていたハンカチで口と鼻を押さえ、人見と霧島は、有郎を求めて広い館の中を進んだ。

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