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荒木探偵事務所  作者: RU
事件簿1・俺と荒木とマッドサイエンティスト
3/36

3.謎があると気になる

「それで、親父ってのは、どこに行っちまったんだ?」


 朝食の席に付いたところで、霧島は無郎に問うた。

 シャトレー築地は、元は全ての階を印刷会社と、その兄弟会社に賃貸していた。

 しかし時代の波による印刷業界の変化により、会社の規模を縮小して、三階の賃貸契約を終了させたのだ、

 期せずしてビルのオーナーとなった荒木は、管理人を兼ねて三階を自分の自宅にした。

 相続税のようなものを一切支払わず、うまうまと建物を相続した荒木だが、大学を卒業した後に働いた事は無い。

 ほぼ無一文の荒木は、内装をリフォーム出来ず、(くだん)の印刷会社が使っていたフロアを、ただ掃除しただけで住居として使用している。

 階下の不労所得で、とりあえず適当に暮らしているために、ふざけた "探偵" だけで霧島までも養えているのだ。

 家具は、亡くなった伯父の使っていた物や、他の親族が不要と思った物をかき集めてきて間に合わせている。

 天蓋付きのキングサイズの寝具は、伯父の趣味だったらしい。


 霧島が朝食を用意したのは、東側に面したバルコニーのある小部屋だった。

 そのバルコニーは、水洗いした青焼き…霧島も荒木も賃貸していた会社の仕事内容にまで詳しい訳では無いので、正確にはそれがなんなのか知らないが…を、干して乾かすために使われていた。

 当然家庭用のシンクでは無いが、湯沸かし器とガス台と水道が付いているので、キッチンにせざるを得なかったのだ。

 ナニカ大きな物を広げるような作業のために、広い場所を確保されていたので、ダイニングテーブルを運び込む余裕があり、結果的にダイニングキッチンとなった場所だ。


「お父さんは、行方不明なので、どこに行ったのかは判りません」

「親父がいなくなったのに、そっちは探さなくて良いのか?」

「お父さんがいなくなった理由を、ミナカミさんが知っているかもしれないんです」


 そう言って、無郎はポケットから紙片を取り出した。

 リング式のメモ帳の一ページと思わしきそれは、端が少し焦げていて、走り書きのような文字で "水神への受け渡しが迫っている" と書かれていた。


「このメモは、親父のノートかなんかか?」

「らしいんですが、ノートは残っていませんでした。僕はこれを、暖炉の下で拾ったんです」

「でもこれじゃあ、ミナカミなのか、ミズガミなのか、解んないんじゃ?」

水神(みなかみ)さんという、お父さんの研究にお金を出してくれている方がいるので、その人の事だと思います」

「なるほど。出資者に研究結果を引き渡す日限が迫ってたんだな…」

「興味ありそうじゃないの、タキオちゃん」


 ニヤニヤ笑う荒木に、霧島は容赦の無い一撃を加える。


「も〜、タキオちゃんの乱暴モノ〜」


 殴られた頭部をさすってはいるが、荒木はさほどのダメージを負ってもいない。


「ね〜、タキオちゃん、マヨネーズ。あと、トマトも欲しい〜」

「ほらよっ」


 立ち上がった霧島は、冷蔵庫からマヨネーズを荒木に投げ渡し、テーブルの上にトマトジュースの缶を置いた。


「ええ〜、ボクはフレッシュな生トマト希望なんだけど」

「フレッシュな生トマトは高くて買えねぇんだよっ! それで我慢しろっ」

「ジュースなトマトは好みじゃないンだけどなぁ。まぁ、仕方ないか…。ささっ、コネコちゃん。あったかいうちに食べよ」


 皿の上に乗っているトーストときゅうり、それに目玉焼きにもまとめてマヨネーズを掛けて、それから荒木は砂糖壺を手元に引き寄せた。


「その水神ってのは、何者なんだ?」

「僕は、そういう人がいる事を知っているだけです。お父さんは、僕にはあまり話してくれなかったので」

「ミナカミ…ミナカミ……、ミ・ナ・カ・ミ……うううう〜〜ん」


 ブツブツ言いながら、荒木は霧島が淹れてくれたインスタントコーヒーに、砂糖壺から取り出した角砂糖を十個ほど入れ、それから粉ミルクもスプーンにてんこ盛りにして五杯入れてから、中身をグルグルとかき回す。


「なんだよ、知り合いか?」

「ん〜ん。ただ先刻タキオちゃんが言ったとーり、ミナカミなんてフツーは水の上とかって書くでしょ。人の苗字でカミサマ名乗ってるなんて、珍しいじゃん。でもその字面を、どっかで見た事があるよーな?」


 言われてみれば、霧島もそんな気がしてきてしまう。


「タキオちゃん、お砂糖」


 手元から意識がそれたところで、荒木は霧島のカップに角砂糖を投げ込もうとする。


「バカヤロウ! 俺のコーヒーを人外の飲み物にすんなっ!」

「なんでー、美味しいのに」


 極端な甘党である荒木は、こうして霧島の口にする物を甘味汚染しようと、常に隙を伺っているのだ。


「うるさい、俺の前に砂糖なんか出すな。えーと、どこまで話たんだっけ?」

「水神さんを知っているかもしれない、というところまでですよ」


 隣で食事をしていた無郎が答えた。


「そうか、ありがとう。…で、何処で…」

「あー! 思い出した!!」


 霧島が質問の続きを口にしかけたところで、不意に荒木が立ち上がった。


「何だよ、デカイ声出して…」

「ミナカミだよ、ミ・ナ・カ・ミ! 去年? 一昨年? とにかくなんかそんぐらい前に、どっかの複合企業の会長ってのが、おっ()んだじゃん! アレが水神だよっ! 会長の息子と孫が後継者争いしてたけど、孫の方が垂涎の美形だったんだよねっ!」

「オマエの記憶は、全部そこ繋がりかよ…」


 やや呆れた呟きを零したものの、しかし荒木に指摘をされた事で、霧島も "水神氏" の事を思い出した。


「ヤマタコンツェルンだっけか?」

「あ〜、美人会長のスクラップを、作ったはずなんだけどなぁ」


 荒木はそのまま、ウロウロしはじめる。


「おい、ウロウロすんなっ! 落ち着かねぇなぁ」

「え〜。思い立ったら吉日って言うじゃん」

「お前は思い立ってはイケナイ人間なんだよ。さっさと食っちゃえよ」

「でもこのメニューは、あまり栄養のバランスを考えてませんよね」


 ギョッとなって、思わず霧島は無郎に振り返った。

 しかし無郎は、振り返った霧島の顔をきょとんと見つめている。

 その様子から、無郎が本当に何気なくそう言っただけで、そこには嫌味や皮肉が含まれていないらしい事が伺えた。


「そーだよねぇ! フレッシュな生トマトがナイのは大問題だよ、タキオちゃん!」

「なら、昼はテメエで調達しろ」


 子供のような容姿と態度の無郎と違って、その尻馬に乗っただけの荒木には、霧島はなんの容赦も無い返事をした。


「えー! そんなひどい」

「あ、それなら昼食は僕が作りましょう。食事の支度は、何度かやった事があるので任させてください」

「ホントっ?! やったー! コネコちゃんの手料理、すっごい食べたいなぁ」


 鼻の下が伸び切っている荒木を無視して、霧島は返事をしなかった。

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