29.爆発物と無敵の名探偵
「ここいら辺で良いかなァ?」
「ええ、このあたりなら大丈夫でしょう」
有郎と荒木は、ダイナマイトの起爆スイッチと導火線を繋ぐ作業をしている。
「起爆装置もセット出来たし。後は待つだけだね♡」
荒木は、有郎と二人きりで林の中に隠れているというシチュエーションにご満悦で、顔はほころび切っている。
「こんなトコに二人っきりって、ロマンチックだと思わない?」
「は?」
「無敵の名探偵と、頭脳明晰な美青年。林の影に二人っきりだよ。ロマンチックだと思わない?」
「あの、荒木さん。失礼ですが。女性、お好きですか?」
「女の子? 女の子は嫌いじゃないよ。ただ二十四時間一緒にいたいとは思わないなァ。やっぱりコネコちゃんとか、オニイサンみたいな男の子の方が魅力的だヨ」
心なし、有郎の表情に嫌悪の色が浮かんだ。
「あー、そんな顔しちゃイヤだな。嫌われるとチュウをしたくなっちゃうよ」
「えぇっ!」
有郎は、思わず後ろに飛び退いていた。
「アハハハ、イヤだなァオニイサンてば。ジョーダンよ。ジョーダン」
いかにも面白そうに笑う荒木に対し、有郎は今度こそはっきりと嫌悪の表情を浮かべた。
「でも、そうやって表情が顔に出たオニイサンも、なかなかラブリーだね」
「それ、褒め言葉なんですか?」
「もちろん♡ あーあ、ゾンビさんさえやってこなきゃ、ここでずーっとオニイサンと二人っきりなのになァ」
「しっ、静かに。何か聞こえませんか?」
「えっ?」
耳を澄ますと、獣じみた不気味な咆哮が微かに聞こえる。
「きますよ」
声は、あっと言う間に近づき、これほど思い通りになって良いのかと思うばかりに駐車場へとなだれ込んでいった。
「スゲェ…」
その人数と、その勢いに、荒木はただ茫然と見ている。
「…あ、荒木さん!」
少なからず慌てた声で有郎が叫んだ。
「えっ?」
「導火線が…、奴等に切断されて…」
「えぇ〜!」
有郎の示す方を見ると、確かに導火線が切れているように見えた。
「たァいへん! よっし、僕がつないでくるから、オニイサン待っててね」
言うが早いか、荒木は茂みを掻き分け、導火線へと駆け寄った。
「お願いします。荒木さん」
先ほどの慌てようが嘘のような落ち着いた声に、冷めた笑みを浮かべた有郎が、起爆装置を引き寄せた。
茂みを掻き分けて先へと進む霧島の耳に、馴染みのある相棒の声が聴こえた。
歩みを進めると、急に視界が開ける。
いきなりこの場に出くわした霧島には、状況が全く判らない。
ただ、大量の動く死体達が吸い込まれるようにどんどん入っていく建物に、なぜか荒木も向かっているような構図…だけが見て取れた。
「おい、荒木!」
「あっ、タキオちゃん♡」
そこで荒木が足を止めたところで、いきなり動く死体達が入っていった建物が爆発した。
咄嗟に、霧島は背後にいた無郎を庇うように身を屈める。
爆発は一度ではなく、一つの爆発が次々に誘爆をしているかのように、数秒間続いた。
爆音が収まり、耳は高音の耳鳴りしか聴こえなくなっていたが、それに構わず霧島は振り返る。
だがそこには、先程まで居たはずの相棒の姿が無い。
「荒木っ!」
自分がなんと叫んでいるのかも聴こえないまま、霧島は相棒の名を呼んだ。
どんな化け物でも、一度対戦すれば裸足で逃げ出す…とは、大学時代の荒木の異名の一つだ。
目の端で、屋敷に何かが駆け込んで行くのを捉えていたが、霧島は相棒の姿を求めて叫んでいた。




