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荒木探偵事務所  作者: 琉斗六
事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
28/36

28.退屈は霧島をも殺す

「僕達は、どう動いたらいいんでしょう?」


 無郎は、気持ちばかりが焦っている様子で、そわそわしている。


「どっちにしろ、一度屋敷に戻るべき…だろうな」

「えっ? でもそれじゃあ荒木さんが…」

「坊っちゃんは先刻から、荒木が困ってるって言ってるが、正直アイツが困るコトなんて、アリエナイよ」

「霧島さんは、あの怪物達を見てないから、そんな事が言えるんですっ! すごい数なんですよっ!」

「だが、そこらで誰かが争ってるような、音も声も聴こえないだろ? ってコトは、猪突猛進しか知らないラグビーバカが、珍しく引いた…ってコトさ」

「それは、僕を庇うために、囮になってくれたからでは?」

「まぁ、最初はな。だが大人数を相手にした大立ち回りなんて、ここいらじゃ屋敷の傍ぐらいしか、場所は無いだろ? だけど屋敷の傍でそんな騒ぎが起きてたら、この場所なら聴こえておかしくない。つまり、荒木はその怪物達と対戦してないってコトになるのさ」


 順を追って説明されると、無郎はなるほどと納得した。


「でも、まだ逃げ続けているとか…」

「それも無いな。アイツの逃げ足の速さは、尋常じゃない。並みの人間程度の速度なら、振り切るのは簡単なんだ。坊っちゃんの話と、俺が見た動く死体の様子から想像するに、あの怪物達に思考力は無いと思う。先回りだの、囲い込みだのって戦略は、思考しなきゃ出来ないだろ?」

「じゃあ、荒木さんは早々に逃げ延びている…と考えているんですね。でも、それならなぜ、戻ってこないのでしょう?」

「アレはバカだが、思考はしてる。大量の怪物を一人で退治する方法…なんてくだらないコトを、考えてるのかもな」


 流石に霧島は、伊達にバディを組んでいない。

 荒木の行動パターンを、ある程度は先読みしていた。


「屋敷に戻ったら、荒木さんと合流出来るでしょうか?」

「荒木は屋敷から怪物が出てきたコトは知らんだろうが、今のトコロ戻る場所はそこしかないからな」

「待ってください。それじゃあ霧島さんは、あの怪物達が屋敷に閉じ込められていたって考えているんですか?」

「考え…じゃない。事実さ」

「まさかっ!?」

「坊っちゃんの親父サンの研究は、無機物から有機物を造る…古典的な表現をするなら "錬金術" ってヤツだぁな。水神氏が寄越した資料を読んだ時には、意味がサッパリ解らなかったが、現ブツをこの目で見て、ようやく解った」

「錬金術…?」

「石っころを金塊に変え、デク人形に生命を吹き込み、死体を生き返らせる。それが錬金術さ」


 霧島の説明に、無郎は少し怯えたような様子になり、微かに震えているように見えた。

 思わず、霧島は視線を逸らし、無郎を視界から外す。

 可能性の一つではあるが、しかしほぼ確実に、無郎はその "錬金術" の賜物として誕生した生命体だろうと思ったからだ。

 その技術に恐怖し、嫌悪している様子の者に、オマエはそれによって生み出されたのだと告げる勇気は、霧島には無かった。


「…坊ちゃんの親父さんの研究室に行けば、それに関する資料も見つかるだろう。そうすれば親父さんの行き先も解るかもしれない…」

「それなら家に戻りましょう!」


 無郎は強く頷いた。

 そんな無郎を見て、霧島は心が痛んだ。

 屋敷に戻るとはすなわち、有郎と対峙しなければならないということである。

 そうなれば、無郎は兄と探偵の間で苦しむだろう。

 霧島が心を痛めている理由はそれだけではない。

 父親の研究に傾倒している有郎にとって、無郎はかけがえの無い存在だろう。

 それはつまり、今の霧島は有郎に対して絶対の "人質" を持っている事になる。

 だがそう考えながらも、霧島の思考の中に "逃げる" の選択肢は無かった。

 ここに至るまでに知り得た情報と、この先にあるであろう情報が、霧島の抱いている疑念への答えにたどり着くキーになる。

 その多大なる好奇心を前にして、退屈に殺される探偵(ねこ)が、逃げ出すはずもなかったからだ。


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