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荒木探偵事務所  作者: 琉斗六
事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
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26.無敵の無神経

 生きた死体を引き連れて、荒木は森の中の枝道やけもの道を走っていた。

 はっきり言って、荒木の身体能力はかなり異常である。

 大学時代にバスケをしていた霧島は、探偵小説への憧れもあって、体力や筋力を鍛え、日常の業務もこなしていたが、それでもやはり垂直降下をした時に "体が鈍っている" と感じていた。

 学生時代にラグビー部で、在学中はフルバックのポジションを誰にも渡さなかったと言われる荒木も、普通ならそれなりに身体能力が落ちているはずなのだが。

 日常、探偵業のなにもやらずに、事務所でダラダラしているだけにしか見えないのだから、それはむしろ落ちていなければおかしい。

 が、今、生きた死体を引き連れて走っている荒木は、現役当時と変わらぬ脚力とスタミナ…どころか、平面のコートとは違う、足場も視界も悪い森の中を、ウサギのように軽々と突き進んでいた。


「さすがにあの数は、ボクでも相手にするのはムツカシーよね」


 後ろから追いかけてくるモノの不気味さや、尋常ならざるスピード、異常なうめき声など、普通ならそれだけでストレスになりそうな要因を、荒木は全く気にしていなかった。

 人並みよりはやや豆腐に近い霧島を比較対象に引っ張り出す必要もなく、荒木のメンタルはダイヤモンドよりも硬く、グラスファイバーより(したた)かなのだ。

 無郎を連れていた時はそれなりに気遣いをしていたのだが、一人で走った荒木の速力は、追手の異様な速度を遥かに上回っていた。


「でも、逃げるばっかりじゃ、解決にはならないよね?」


 と思って振り返った荒木は、足を止めた。


「なーんだ。素早そうに見えたけど、結構鈍クサいんじゃん」


 荒木に追いつけずに姿を見失ったらしく、見回した限りには、追手の姿は無い。


「ん〜と…」


 そこで荒木は、考えた。

 相手の正体も不明で、自分にはそれに対する対処法も解らない。

 いつもなら霧島がなんとかしてくれるが、残念ながら相棒はこの場に居ない。


「あっ! そーだっ! コネコちゃんのオニイサンは利口そうだったから、きっとなんか、あの連中を退治する方法を考え出せるよね!」


 素晴らしい閃きを得た! とばかりに、荒木は叫んだ。

 もしこの場に霧島がいたら、間違いなく簀巻きにされて生きた死体の真ん中に放り込まれる案件だが、幸いにして相棒は居ない。


「となったら……」


 荒木は傍にあった木に登り、屋敷がどちらにあるのかを確かめた。

 そして木から降りると、確かめた方向へと歩き出す。

 さほども行かないうちに、荒木は本来の小径に出る事が出来た。


「あっ、オニイサン!」

「荒木さん!?」


 茂みを抜けた先で、荒木は偶然有郎と出くわした。


「どうしたの? 僕はてっきりオニイサンはお家にいるンだとばかり思っていたのに」

「無郎が出かけたまま帰ってこないので、捜しに出たんですよ。御一緒にお出かけと聞きましたが、無郎は?」

「あのね、説明するのが難しいンだけどサ。今そこでゾンビさん軍団に会ったのよ。でね、ようやくまいて来たトコなんだ」

「ゾンビ軍団!?」


 さすがの有郎も荒木の台詞に驚きを隠せなかったらしい。

 しかし荒木はそれを、非現実的な話の所為だと思い、有郎の驚きに対してなんの疑問も抱かなかった。


「信じらんないでしょ。僕だってあんなモン映画でしか見た事ないからサァ、どーやったら退治出来るのかわかンないのよ。で、オニイサンに良い方法を考えてもらおーと…、どーかしたのオニイサン?」

「えっ? 別に大丈夫ですよ」


 黙って荒木の話を聞いているつもりの有郎であったが、生きた死体達があの建物の外をうろついている事実と、無郎の行方不明とがかなりの動揺を与え、表情が荒木にも解るほど強張っている。


「あっ解った、オニイサン、ゾンビさんが怖いンだろ。大丈夫、退治方法さえ考えてくれれば、この無敵の名探偵がやっつけてあげるからさ♡ でも良かった、オニイサンが信じてくれて、鼻で笑われたらどうしようかと思ってたんだよ」

「無敵なんですか?」

「もっちろんろん♡ あっ、でもちょっとタキオちゃんは苦手かな? まーでもそれは、惚れた弱みってヤツだけどサ。タキオちゃんはあーゆー性格だから、本気で怒ったら、ホントにいなくなっちゃうかもしれないからね。ボクはどっちかってゆーと博愛主義だから、美人もカワイコちゃんも好きなんだけど、タキオちゃんはトクベツだから。あっ、それはそーと、オニイサンどうしよう? ゾンビさん、やっつけられるかな?」

「…そう、ですね…」


 製造工程に関与していた有郎である。退治方法を知らない訳では無い。

 だがここで、あまり即座に答えを返し、下手に疑われても困る。

 荒木は、自分が霧島を虜にして実験体に使用しようとしている事に、気付いていないはずなのだから、ここは慎重に話を運ばねばならない。

 有郎は荒木の顔をチラリと見遣ってから、右手の人差し指をピッと立てた。


「やはり炎でしょう」

「火? 火なんかでやっつけられるの?」

「ええ、たぶん。なにせ相手は死体ですからね。灰にしてしまえば、きっともうどうしようもありませんよ」


 思考しながら話すように意識して、有郎は荒木の反応を伺ってみる。


「でもさァ、ゾンビさんに火をつけるのは構わないケド、ンな事したらこの辺の木とかに燃えうつっちゃうンじゃないの?」


 荒木の様子に、有郎は内心でほくそ笑んだ。


「確かに、その危険性はありますね。…ふむ、それじゃあ何処かに集めて、逃げられないようにしましょう。今夜は風もありませんし、屋敷の裏のガレージならば、周りに空き地もあります。燃え移る心配は、無いと思いますよ」


 いかにも今思いついたような感じで有郎は言った。

 生きた死体の処分は、この土地を離れる事を考えた時から計画の内にはあった。

 しかしその処分方法に関しては、まさに『今思いついた』のだから、あながち嘘でもないな…と有郎は思った。


「そっか。それはいいね! でも、どうやってゾンビさん達を集めるの?」

「そうですねぇ。ゾンビと言ったら、肉を好むのがセオリーだと思うので、備蓄の肉で罠を作りましょうか」

「そうしよう、そうしよう。さっすがオニイサンあったまいいー♡」


 二人は連れ立って屋敷へと戻っていった。

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