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荒木探偵事務所  作者: 琉斗六
事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
22/36

22.敵地の食事は気をつけろ

 玄関をくぐったのは、タイミングから言えばワンテンポ遅れた。

 とはいえあくまでもワンテンポ、無郎が扉を開き中へ入って、閉じてしまった扉を霧島が再度開いて中に入った…程度の誤差だ。

 だが、その時にはもう広い玄関ホールのどこにも、無郎の姿は無かった。

 正面で深々と頭を下げて、慇懃に霧島を出迎えかえたのは人見だけだった。


「お食事の準備が整っております」

「もうそんな時間だっけか?」


 無郎の姿が無い事が気になったが、ジイッと身構えて、霧島が食堂以外へ行かないように見張っているらしい人見を退ける事も出来ない。

 仕方がなく、霧島は人見に案内されるままに食堂へと進んだ。

 だが、導かれて入った食堂の席には、有郎しか居なかった。


「荒木と坊ちゃんは?」

「先にお済ましになってお部屋にお戻りになっております」


 ありえない答え…だとは思うが。

 此処で声を荒げて人見を問い詰める事は、避けるべきだと考えた。


「遅くまでご苦労様ですね」


 両手を顔の前で組んでいた有郎が、霧島が座るのを待っていたかのように口を開く。


「仕事ですからね」


 有郎の、鼻につく嫌味な態度に負けじと霧島も取り澄ました答えを返した。


「昼間は人見が何か失礼をしたようで、無郎に怒られてしまいました」

「こちらこそ人見さんの仕事の邪魔をしまして…。捜査の成果も上がりませんから、申しわけありません」

「いくらそちらがプロの方でも、昨日の今日で見つかるようならば、私達で既に見つけています。さあ、今日もお疲れでしょう。大した物はありませんがお召し上がり下さい」

「どうも」


 人見がスープを霧島の前に置く。

 荒木と無郎が不在な事を考えると、このスープに手を付けて良いものかどうか、悩みどころだ。

 だが、同じスープを置かれた有郎は、手を解くとスプーンを持ってスープを口に運ぶ。

 こうなっては、食べない方が失礼だ。

 早急に確証を見つけるか、または以降の食事は自己調達をしなければ…と考えながら、霧島はスープに手を付けた。

 が、即座に咳き込む。

 口に入れたスープは、その澄んだ色からは想像が出来ない苦味があった。


「美味しくないでしょう?」


 冷たい声音で、有郎が言った。


「な…に……?」

「即効性ですし、微量で効くように調合してありますよ。副作用で後遺症が残る可能性がありますが、今までの実験では三割程度です」


 椅子から立ち上がろうとしたが、膝に力が入らない。

 全身が重く、意識が朦朧としてくる。

 毒物の混入をあれほど疑っていて、この体たらく…と、心のどこかで己に臍を噛む。


「私もね、お客様に薬品入りの食事を提供するのはどうか…と思ったんですけど。あなたは無郎に余計な事を言うので」


 有郎が手を叩くと、人見が現れる。


「お客様を特別の応接室にお連れしてくれ。くれぐれも無郎に気付かれない様に」


 抵抗をしようとしたつもりだが、手足は動かず、霧島は易々と人見に担ぎ上げられてしまった。

 ひどく長いと感じる暗い廊下を通ったような気がしたが、それは薬物の所為で意識が朦朧としているからかもしれない。

 しばらく移動したところで軋んだ扉の開閉音がして、霧島の体はどこかに横たえられた。

 感触からベッドのような物の気がするが、部屋が薄暗いのと意識が曖昧な所為で、なんとなくしか判らない。


「ご気分は、悪くは無いけれど、良くも無いってご様子ですね?」


 顔を、有郎に覗き込まれる。

 有郎の顔の向こうには、シミだらけの天井が見えた。


「まぁ、私の言ってる事が、理解出来るとは思えませんが」


 楽しそうに有郎は微笑んだ。

 だが、霧島は手足が動かせないだけで、有郎が考えているよりは発言の内容を理解出来ている。


「最初は、ただ始末してしまおうかと思ったんです。もう一人の方と違って、あなたは無郎にいらぬ話を吹き込むので」


 有郎は霧島の傍を離れると、テーブルの上に銀色のトレーを置くと、そこに注射器やメスといった道具を並べ始めた。


「だけど、ちょっと考えを改めました。相方に伺ったんですけど、あなた二十六歳だそうですね。二十代の健康な男性の肉体なんて、実験に使うのに実に理想的じゃありませんか。あなたの体は、隅々まで有効利用させて頂きますね」


 薬品棚から瓶を選びながら、有郎は言葉を続けた。


「いらぬちょっかいさえ出さなければ、無事に帰って頂いてもいいかなって、思っていたんですよ。ああ、この家の場所を知られたから、危険を感じた…とかはありません。どちらにせよ、この屋敷は捨てるつもりでいましたから」


 いくつか奇妙な形をした器具を並べ終えたところで、有郎は改めて手袋を嵌めた。


「だってそうでしょう? 此処は確かに水神から隠れるには丁度いいかもしれないけど、実験体があまりにも手に入れにくい。私は父と違って、拠点を都会に移そうと考えているんです。周囲から人が消えても、さほどの騒ぎにならない場所に」


 器具の揃ったトレーを、霧島が横たえられているベッド脇へと移して、有郎は改めて霧島の顔を覗き込んだ。


「ちょっと目を離した隙に、無郎が水神の所へ行ってしまった時は、焦りました。わざわざ送ってきてくださって、その事には感謝しているんですよ。それに、おかげで水神から逃げる時間稼ぎも出来た。あなた達は厄介者ですが、トータルで考えると僕には都合の良い事の方が多いですね。ありがとうございます」


 ニッコリ笑ってお礼を言ってから、有郎はトレーから注射器を手に取ったのだが。

 そのタイミングで、扉にノックの音がした。


「有郎様」

「実験中に、声を掛けるなと言ってあるだろう」


 扉を開けて室内に入ってきた人見を、有郎は不機嫌な顔で睨みつける。


「申し訳ありません。ですが、無郎様が屋敷を出たら、報告をするようにと…」

「なにっ! 今日は絶対に、外に出すなと言っておいただろうっ!」

「わ、私が戻った時には、もう一人の客人と既にお出かけになった後で…」

「この役立たずが!!」


 人見をつき飛ばし、有郎はバタバタと走り去った。

 尻もちを付いた人見は、体を起こすとよたよたと慌てて有郎の後を追う。

 扉は開け放たれたまま、霧島の体もただそこに横たわらせたままだった。


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