21.もうちょっと立ち回りが上手くなりたい
日が暮れるまで、霧島は例の屋敷を捜して歩いたが、結局荒木の言う通り、それらしい物を見つける事は出来なかった。
屋敷を出た時は、見つけるまで帰るものかと思っていたが、体調の良くない今は、あまり無理が出来ない。
荒木や無郎の前では虚勢を張れても、本当に元気でない事は、本人が一番良く解っている。
その上、今はGパンの後ろポケットに財布が入っているだけで、後は何一つ持っていない。
昨夜のようにちゃんと物を持っていても、あんなことになるのだから、このままうろつくのは自殺行為とも言える。
あれこれ考えた後、道が解るうちに屋敷に戻る事を選び、林が夕焼け色になる頃、霧島は高見沢邸に帰ってきた。
「ん?」
玄関のポーチから少し離れた所に、煉瓦で作った花壇がある。
そこに神社の狛犬のような物がある事に気づき、霧島は首を傾げた。
「あんなもん、あったっけ?」
側に寄って良く見ると、うずくまった人間である事に気がついた。
「どうしたんだ?」
それが、何者であるかを確認した霧島は、手前で立ち止まって声を掛けた。
「…お兄さんが…、お前は何にも考えなくていいって、言うんです」
「それで?」
膝を抱いてうずくまり、俯いたままの無郎の脇に、霧島は腰を降ろした。
Gパンを通して、石の冷たさが伝わってくる。
「お兄さんは…、捜査の事は霧島さん達に任しておけば良いって。他の事はお兄さんが考えるから、考えなくて良いって言うんです」
「親切な兄貴だな」
霧島の答えに、無郎はキッと顔を上げた。
夕日に染まった無郎の顔は、どうやら先程までベソをかいていたと思われる。
「でも僕そんなのイヤです! お兄さんはお父さんがいなくなった時だって、僕に留守番をさせて…。僕はとっても心配で…。でもお兄さんは、そういう事も僕は考えちゃいけないって…!」
「……………」
霧島は、少しだけ反省をしていた。
教授の行方を探す…だけの案件ではなく、なにやら事件めいた気配があると思った時から、関係者全員を疑って掛かった。
その選択は、間違っていなかったと思っている。
だが、名探偵気取りで斜に構えていた事も否定は出来ず、少々疑ってはいても、それをあからさまな態度に出さずに、無郎を "無垢な少年" と仮定して、親切な対応をしておくべきだったのではないか…と。
「お父さんは、お父さんの言う事を聞いていれば、悪い事なんか絶対無いって言っていたけど、お父さんはいなくなってしまったし。今度はお兄さんが同じように心配しなくて良いって言うけれど…、でも、それって変じゃないかとも思うんです…」
鼻をすする少年に、霧島は探ったポケットの中に(いつから入っていたのか記憶に無いが)入っていたハンカチを差し出した。
「…ま、あれだ。兄貴も急に親父サンがいなくなってパニくってんだろうさ。そう深刻に考えなさんな」
慰めの言葉を口にしながら、霧島は新たな疑問を持つ。
なぜそこまでして "無郎を外界から隔離しようとするのか?" である。
「そうでしょうか?」
「そりゃ、俺は坊っちゃんのニイサンと懇意ってワケじゃねェから、想像だけだけどな。なんか思うところがあって、そういう風に言ってるんじゃないかな?」
霧島が無郎の頭をポンポンと軽く叩くと、無郎は不安を滲ませた目線を向けてくる。
「とにかくこんなトコで悩んでたって何の解決にもなりゃしねェよ。俺みたいにひっくり返る前に部屋に戻る事を勧めるね」
「はい……、そうします」
頷いて、無郎は立ち上がった。
「あの、霧島さん…」
「あん?」
「また、相談しても良いですか?」
おずおずと申し出る無郎の様子は、おやつをねだる小犬のようにも見える。
「大した役には立てないよ」
霧島は嘯き、頷き返す。
「ありがとう。よろしくお願いします」
改めて頭を下げると、無郎は玄関ホールへと向かう。
無郎を疑う事で、無駄な回り道をしてしまったかもしれない。
行方不明のフランケンシュタイン博士の秘密や、その息子の影の暗躍を相手に、自分はどう動くべきか? 思案をしつつ、霧島は無郎の後を追う。
その姿を、二階の窓からジッと見つめられている事に、全く気がつきもしないで…。




