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荒木探偵事務所  作者: RU
事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
20/36

20.コネコの怒りは怖くない

「ただいま〜」


 部屋に入ってきたのは、荒木だ。


「あ〜、なんか美味そう〜」


 テーブルの上のサンドイッチを見た荒木は、手を伸ばして一つつまむと、ポイッと口に入れる。


「うんまぁい! ん〜、コレはコネコちゃんの作だね」

「えっ? どうして解ったんですか?」

「そりゃ、ボクちゃんが名探偵だからさっ!」


 単に、二分の一の確率だろうと、霧島は嘆息する。


「ホント、うんまいな〜」


 荒木が再び手を出してきたので、霧島はサッと皿を退けた。


「ちょ、タキオちゃん、ひどくない?」

「俺の昼メシを食うな」

「じゃあ、荒木さんの分を、作ってきますね」


 サッと立ち上がると、無郎は部屋から出て行った。


「それで?」

「なにが?」


 霧島の問いに、荒木は気の無い答えを返す。


「なにがじゃねェだろ。頼んだ調べ事はどうなった?」

「タキオちゃん、夢でも見たんじゃないの?」

「夢?」

「そーさ。ボクはずっと林の中を歩き回ったけど、この家以外に、建物なんて無かったよ。真面目にちゃぁ〜んと、川の方まで見てきたけど、影も形も!」


 荒木は、そこに置かれている霧島のウェストバッグを手に取ると、中からタバコを取り出して火を点けた。


「そんなワケあるかっ」

「あるの。戻ってから、オニイサンにそれとなく聞いてみたけど、近隣に建物なんて一切ナイってさ。わざわざ、民家から離れた場所を選んで、教授がココって決めて住み始めたって話だったよ」

「俺は昨晩、あのアニキを尾けていったんだぞ。口を割るワケないだろうっ!」

「じゃあタキオちゃんは、あの素敵なオニイサンが嘘つきだって言うの?」

「額面通りに信じるオツムのほーが、おめでた過ぎるだろう」


 霧島の言葉に、荒木は拗ねたようだ。


「どーせボクは、五回も留年したオバカサンですよ〜だ。コネコちゃんとの甘〜い時間を削ってまで、タキオちゃんのお願いを聞いたのに。だけどね、建物がナイのは不動の事実だし、それはボクがこの目でハッキリ確かめたんだからねっ!」

「オマエの目はフシアナだし、オツムはザルだ。昔からな」

「しっつれいしちゃうなっ! あんなにコネコちゃんのコトいじめてたのに、戻ってきたらてっきり二人っきりでオイシイ時間を過ごしててっ! そんなに意地張るなら、タキオちゃんが自分で調べてくればいいでしょっ!」


 微妙に、荒木の怒りの論点は、霧島の思うところとはズレている。

 しかし霧島の方もまた、頭に血が上っていた。


「当然だ。ザルのフシアナに頼んだ俺も、いい加減バカだったよ!」

「ちぇっ! タキオちゃんのコト心配して、損したよ!」


 荒木の捨て台詞を背中で聞きながら、霧島は手早く着替えると部屋を出た。

 足首に違和感はあるが、注意をしていれば歩く事も出来る。

 そのまま階段に向かい、階下に降りると、人見が来合わせた。

 ホラー映画さながらの "せむし男" な佇まいは、なんの前置きもなしに視界に入るとギョッとなる。

 フィクションのキャラクターのように、歯列の異常は無いが、年齢の判らない老人のような顔をしていて、とにかく目に生気が無い。

 しかし人見の顔は、どことなく見覚えがあるような気がする。


「どうかなさいましたか?」


 昨晩聞かされた時と同じ、抑揚のない自動音声のような声で、人見が問いかけてくる。


「え……、ええ…と…。きょ…教授のコトで、少し話を聞きたいんですが…」

「申し訳ありません。有郎様の手伝いをしなければなりませんので」


 会釈をすると、人見はゴトゴトと階段を昇っていってしまった。

 驚きたじろいだけれど、聞きたい事があるのは口からデマカセではなく、本当にあった。

 が、人見の態度はにべもない。

 あの使用人が極端な人見知りで、余所者を苦手としていると考えるよりは、有郎から「部外者に余計な口はきくな」と口止めされていると考える方がスジだろう…と考えながら、霧島は階段を降りた。

 そんな態度の有郎に、まとわりついていられる荒木の無神経さに、ある意味では感心すらする。


「霧島さん。大丈夫なんですか?」

「へっ?」


 自分の考えに没頭していた霧島は、誰かに声を掛けられる事など、想定していなかった。

 そのため、間抜けな、返事とも言いかねるおかしな音を口から出していた。


「まだ、痛む様子でしたけど、歩いて大丈夫なんですか?」


 荒木のためのサンドイッチを持った無郎が、階段を上ってこちらに来る。

 先程まで、正に "塩対応" を貫き通していたのだから、ここでニコニコと応対するのもおかしいのだが。

 体を気遣ってくれている相手に、無碍な返事をするのも、良心が咎める。


「…いや、そっと歩けば、別に問題はねぇよ…」

「そうですか? それならいいんですが…」


 腫れていた足首に視線を落としてから、無郎は心配げな顔のまま、霧島の顔を見上げてきた。

 これが演技ならば大したものだと思うが、どう見てもローティーンにしか見えない無郎の容姿や、真剣な眼差しで霧島を心配している様子から、どうしても演技に見えない。


「やっぱりまだ寝てらした方が良いんじゃないですか? 顔色も良くありませんし、良く休んだ方が回復も早いですよ」

「捻挫ぐらいで、寝てる必要は無いよ。ところで話は違うが、今、そこで人見さんに話を聞こうとしたんだが、どうも俺は嫌われているらしくて……なぁ」

「嫌う? 人見がですか?」

「質問をさせてくれと言ったら、忙しいってそっけなく逃げられちまった」

「そうですか? おかしいなぁ」


 首をかしげる無郎を、霧島はそれとなく観察していた。


「じゃあこれから人見に聞いてみましょう。何処に行きました?」

「お兄さんの手伝いをするって言って、上に行ったぜ」


 聞くが早いか、無郎は霧島の手を取ると、階段を駈け昇り始めた。

 よほどその一件に気を取られたのか、荒木のためのサンドイッチは、踊り場で平たくなっている手すりに放置される。

 だが、何の予告もなく急に引っ張られた霧島は、たまったものではない。


「うわっ!」

「あ、すみません……」


 霧島の足の調子が悪かった事を思い出したように、無郎は止まって振り返った。


「いや、大丈夫。ゆっくり……頼むよ」

「はい」


 無郎は、霧島の手を握ったまま、今度はゆっくりと歩き出した。


『冷たい手だな…』


 額に触れられた時も、それは感じた事だった。

 子供というのは、体温が高いイメージがあったので、無郎の手が冷たい事に違和感を持ったのだ。

 氷のように…とまではいかないが、まるで柔らかい石でも握っているような気分になる。

 無郎と二階に上がると、人見はそこで一人、何かの仕分けのような作業をしていた。


「人見」


 呼ばれて振り返った人見は、無郎に対してかしこまるような態度で、作業の手を止める。


「人見、どうして霧島さんの捜査に協力してくれないの? 早くお父さんが帰ってくれば良いって、言っていたじゃあないの」

「…それはもちろん…」


 人見がチラッと霧島に向けてきた目線は、いかにも「余分な事を」といった様子だ。

 露骨にヤな顔するなぁ…と思ったが、霧島は敢えて何も言わなかった。

 問いつめる無郎と、明らかに戸惑っている人見の構図が、どうやら自分の持っている疑問に対し、答えを出してくれそうだったからだ。

 無郎は、人見が霧島に不躾な視線を送った事に、全く気付いていないように見える。


「人見とお兄さんが何処をどうやって捜したのか、霧島さんにお話してあげて。ほら」

「…無郎様…」


 しどろもどろに答える人見の動きは、なんともぎこちない。

 カクカクしたその動きや、歪んで曲がっている背骨、常に引きずっている足など、見れば見るほど彼の姿形は、ホラー映画のキャラクターそのままだ。

 むしろ、そういったフィクションのイメージを、そのまま具現化したと言われた方が、すんなりと彼の存在を納得出来そうな気すらする。

 というか、この使用人の存在が、昨晩の "動く死体" が実在している証拠になりうるのではないか? と霧島は考える。

 つまり、人見は教授の "試作品" なのではないか? と思い至ったのだ。


「良いかい、お兄さんや人見が調べた所を、同じように霧島さん達が調べていたら、無駄だろう? 少しでも協力しなくちゃ」

「有郎様の許しがありませんと…」

「お兄さんだって、お父さんが早く見つかれば良いって、言っていたじゃないか」

「それでも、叱られます…」


 いくつかの符号が一致したように思われて、霧島は無郎の "潔白" を確信した。

 無郎が "その問い" をしてくるとは思っておらず、口止めはしたものの、有郎は人見に言い訳を用意してやっていなかったのだろう。

 だが、このままでは無郎が可哀相だ。


「坊ちゃん、いいよ、もう」

「良くありません!」


 予想よりも、はるかに厳しい顔で無郎は振り向いた。

 兄に対する疑問と、問いに答えない人見に対する憤りがないまぜになって、こみ上げた感情で涙ぐんでいる。

 両手を握りしめ、小さな肩は怒りのあまりに震えていた。


「僕、お兄さんに聞いてきます!」


 こちらが止める間もなく、無郎は走り出し、軽い足音がかなりの早さで離れていく。

 霧島と人見の間には、気まずい沈黙だけが残った。


「あの…、仕事がありますので」

「あ? ああ、俺も用事があるんで…」


 少し空々しいとは思ったが、霧島も早々にその場を離れた。

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