2.馴れ初めと言われたくない
霧島が荒木に出会ったのは、大学に進学して少し経ってからだ。
下宿先が全焼し、調べてみたら運良く大学の寮に空きがあった。
つまるところ、それが荒木と相部屋だったのだ。
荒木のとんでもない人格に辟易しつつも、どこか憎めないところもあって、なんとか四年間を過ごした。
卒業後、霧島は中小企業に就職をし、そこにしばらく勤めていた。
辞めたきっかけは、その企業が良くあるブラックな会社で、横行するパワハラのターゲットが霧島の上司だった所為だ。
正義感の強い霧島は、上司にパワハラをしている上司の上司を殴った。
当然、そんな事をすればクビになる。
そこで次なる就職先が見つからず、困っていた時に荒木に声を掛けられた。
探偵助手にならないか? と言って…。
「おっはー、コネコちゃん! 昨日は良く眠れた?」
「おはようございます。昨夜はありがとうございました」
少年は、毛布を畳んでソファの端にきちんと置き、自分の身なりも整えて毛布の隣に座っていたが、荒木が声を掛けると立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「ほーら、話のワカル、イイコだろ?」
「言葉が通じる…の間違いだろ。それより、名前は?」
「あ、そーだったね。コネコちゃん、こちらはボクの愛しのタキオちゃん。タキオちゃん、こちらは道端に落ちてたコネコちゃん」
「タキオちゃんさん、よろしくお願いします」
荒木の紹介に、何の疑問も持たずに、再び深々と頭を下げた相手に、霧島は呆れ顔になる。
が、考えてみれば児童ポルノに引っかかると思って逆上しかけた程度に、幼い相手だ。
そんなおかしな紹介に、敬称をつけて挨拶をしただけでもマシなのかもしれない…と思い直す。
「俺は霧島だ。坊っちゃんの名前は?」
「あ、申し遅れました。無郎です」
変わった名前だと思いつつ、霧島が次なる質問を口にしようとしたところで、隣の荒木が肘でつついてくる。
「そんなコワ~イ顔してると、コネコちゃんが怯えちゃうでしょ〜。それに、大事なお客様なんだから、もっと丁重に扱ってヨ」
「客…?」
「そーさ! コネコちゃんは、オトウサンの知り合いって言うのを探しに、わざわざ上京してきてるんだヨ!」
一歩下がって腕を組み、大げさな素振りで頷いてみせた荒木は、だらけたパジャマの所為で本人が思うほどの威厳が何も無い事に、気付いていない様子だ。
霧島は溜息を吐いた。
「朝飯の支度する…」
「あ〜、タキオちゃん、ボクの言ってるコト、信じてないなっ!」
口に出して「ぷんぷん」などと言っている荒木を残して、霧島はキッチンに向かった。
探偵助手に誘ってきた時、荒木は「三食付きの寮完備!」と言ったが、それがこの事務所兼住居での同居だと知ったのは、霧島が借りていたアパートの契約更新を見送った後だった。
まだ寮にする建物を借りていないから…と言って、この住居に案内された。
味方が誰も居なかった勤めを辞めたばかりだった霧島は、気兼ねの無い友人との同居がむしろ救いに感じ、なんとなくそれに同意したのだが。
疲れた気持ちと言うか、勤めていた時の嫌な思い出が払拭されるにつれ、学生寮時代、荒木の後始末に駆け回った時と同じ状況に陥っている事に気付いた。
そう思う反面、食う寝る処と住む処は確保されている。
荒木がちっとも "探偵業" に勤しまないために、常に給料が未払いという問題点もあるが、なんだかんだと「必要経費」で落としてしまって、実生活で困窮する事は稀だ。
荒木に対する不満はあれど、勤めていた時の事を考えると、こちらの方がマシな気がしてしまう。
とはいえ、この状況でも荒木の食事の支度をしているのもどうなんだろう…と思いつつ、霧島は朝食の準備を整えた。




