16.それはすぐ傍にあった
「ちょっと、タキオちゃん! しっかりしてっ!」
荒木のバカでかい声が聞こえたと思った時には、気分が悪くなるほど体を揺すられていた。
霧島が目を開けると、超どアップの荒木の顔がそこにある。
「ぎゃああああっ!」
「あだぁっ!」
咄嗟に繰り出された霧島の一撃は、無防備だった荒木の頬にクリーンヒットした。
「タキオちゃんっ! ヒドイ!」
「テメェの顔面に、TPOはねェのかっ!」
「なんか、めっちゃ言いがかりぃ…」
ブツブツと、荒木は口の中で文句を呟く。
「霧島さんは、夢遊病かなにかの持病をお持ちなんですか?」
荒木の後ろから、ヒョコリと無郎が顔を出した。
「コネコちゃん、タキオちゃんはそんなに繊細じゃないよ。ボクが思うに、タキオちゃんは夜のうちに下調べをしようと、そっと屋敷を抜け出したけど、都会っ子だから森の中で迷子になっちゃって、外で夜明かししたんだね!」
腹立たしい事に、荒木の指摘はさほど間違っていない。
「そんなに一生懸命捜してくださるんなら、きっとお父さんは見つかりますね」
「ええ〜、そこは名探偵を出し抜いて、手柄を立てようとした抜け駆けを叱るトコだよぉ〜」
不満そうな荒木をよそに、無郎は期待と羨望が入り混じった瞳で真っ直ぐに見つめながら、両手で霧島の手を握ってきた。
その態度や様子に、嘘は感じられない。
「その為に、こんなトコまで来たんだろ。見つからなきゃ困る」
それが嘘か真実か判断しかねた霧島は、ややぶっきらぼうな答えを返して、目線を無郎から外した。
「うっわー、タキオちゃんズッルーイ。自分ばっかし点数稼いじゃってさ」
「いちいち、ウルセェよ」
適当な返事をしながら、霧島は素早く周囲を見る。
昨夜は、一服した後に火の始末をして、それから木の幹に寄りかかってぼんやりと空を見上げているうちに、なんとなく眠ったのだろう。
どうやら一夜を無事に過ごせたらしい事をようやく実感して、霧島は立ち上がろうとした。
「あだだだだっ!」
「ちょっ、タキオちゃんっ、重いっ重いっ重いぃっ!」
よろめいて手を伸ばした先には、荒木の顔があった。
咄嗟に掴んだが、荒木は霧島がよろめくなどと想像もしておらず、二人はもつれてそのままなし崩しに倒れ込み、下敷きになった荒木が悲鳴を上げている。
「大丈夫ですか?」
無郎の手を借りて、なんとか体勢を戻したが、立ち上がろうとすると左足が痛む。
「うっわっ! タキオちゃん、こりゃ立てないよ! 捻挫したんじゃないの?」
痛がる霧島の足から無理にバスケットシューズを脱がせた荒木が、しみじみとした口調で言った。
指摘された通り、左足首が見事なまでに赤紫色に腫れ上がっていた。
「しょーがないなぁ…。ボクちゃんを出し抜こうなんてするからだよ」
やれやれと肩を竦めてから、荒木は霧島に向かって背中を向けてしゃがんだ。
「なんだよ、それ?」
「なにって、おんぶ?」
「いらんっ! 自力で歩ける!」
「ちょっとぉ、元・バスケットマンなら、捻挫した足に無理をさせたら、どんだけよろしくナイかぐらい、ご承知デショ〜?」
「オマエに背負われるのなんて、絶対にお断りだっ!」
「も〜、意地っ張りなんだからぁ〜」
再び荒木はやれやれと肩を竦め、それから霧島の左腕を自分の肩に掛けると、腰を支えてくる。
「はい、せーのぉ」
「あだだだだっ」
昨晩、枝から落ちた時に打った背中や腰、しばらく運動をしていなかったにも関わらず、いきなり壁を伝って垂直降下などをしたために、全身の筋肉と関節が悲鳴を上げている。
それでも、荒木に背負われるのは絶対に嫌だったので、霧島はなんとか立ち上がった。
「んも〜、ボクが背負ったほーが、ずうっと簡単でずうっと素早いのに…」
ブツブツと文句を言いつつも、荒木は霧島の歩調に合わせてくれている。
さほどの距離も行かないところで、獣道に毛が生えた程度の林道に出た。
林道の先には、屋敷がある。
この近さで遭難まがいの迷子になっていたのかと、呆れるほどの距離だった。




