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荒木探偵事務所  作者: RU
事件簿2:山麓大学第一学生寮下着盗難事件
13/36

13.少年探偵は紅顔の美少年だったな

「はあ〜、おいしい食事と両手に花♡ 幸せだなぁ」


 客室に戻ったところで、荒木がさもさも嬉しそうに言った。


「どこの加山雄三だよ…。オマエは、あのアニキに対してなぁんも感じないのかよ?」

「そりゃあ、ビンビンに感じてるに決まってんじゃん! ああ、夜這いに来てくれないかなぁ?」」

「そうだった。オマエはそーいうヤツだった…」


 そこには荒木しかいないので、話す相手を選ぶ事は出来ない。

 結局、その度に返される答えを聞いて、がっかりするしかないのである。


「タキオちゃんさぁ、ちゃんと毎日アタマ洗ってる? 先刻からキンダイチコースケみたいに掻きむしってるけど」

「しつけぇな! 風呂なら入ってるって言ったろーがっ!」


 ギリギリで叫ぶのを抑えていたところに追い打ちを掛けられて、思わず声を荒げてしまった。


「も〜、機嫌悪いなぁ」


 ブツブツと口の中で文句を言いながら、荒木は隣室に行ってしまう。

 やや八つ当たりも混ざってしまったかと反省しつつ、霧島は水神から貰った資料を手に取った。



 しばらくして、B級ホラーな洋館に似合いの、振り子時計の鐘の音が聞こえて、霧島は資料から顔を上げる。

 腕時計に目をやると、時刻は23時。

 振り子時計の音は階段の傍にあった、あの柱時計のものだろう。

 霧島は立ち上がり、隣の寝室を覗く。

 荒木は既に眠っているらしく、おなじみのいびきが聞こえた。

 寝室の奥に客室専用の浴室があった事と、自身もそろそろ休んだ方がいいだろうなどといった事を散漫に考えながら、霧島は居室の明かりを消す。

 その時、なんとなく向けた窓の向こうで、明かりが動いたような気がした。

 この館にやってくるまでの道程を考えると、明かりが動くような理由はほぼ思い当たらない。

 霧島は咄嗟に自分の荷物の中から "七つ道具" のオペラグラスを取り出すと、窓際に寄り、まずは裸眼で周囲の様子を見た。

 今夜は月が明るく、屋敷の周辺に人工的な明かりが殆ど無い事も相まって、目が慣れれば色々なものがかなり詳細に見て取れた。

 明かりが動いていたような気がした方向を見ても、今は何も無い。

 それでも霧島は、自分の視界の端に写った "ナニカ" の存在を信じて、しばらく身じろぎもせずに外の様子を観察していた。

 何かが動いている気配を感じ、そちらに目をやると、カンテラのような物を持った誰かが屋敷から木立ちの方角へと移動している。

 霧島はオペラグラスを当てて、その移動している人物を見た。

 そしてパッと寝室に駆け込むと、涎を垂らして寝入っている荒木の襟を掴む。


「おい、起きろ!」

「…んあ…?」

「起きろっつんだよっ! 仕事だっ!」

「…あ〜、コネコひゃん?」


 激しく前後に揺すられ、荒木はようやく目を開けた。


「寝ぼけてんじゃねぇよ」


 荒木の襟から手を放して隣室へ向かおうとした霧島は、突然背後から抱きつかれ、重心を失って倒れた。


「ん〜、コネコひゃ〜ん♡」


 口をタコのようにとがらせた寝ぼけマナコの荒木の顔が間近に迫った瞬間、霧島は反射的に右手を繰り出していた。


「ふざけんなっ!」


 思わず拳を奮ってしまったが、阿吽の呼吸…とも違うが、荒木は霧島に殴られて怪我などしない。

 それは、霧島が長年の付き合い故に力加減が出来ている事もあるが、どちらにせよ殴られて突き飛ばされたような形になった荒木は、ぺろんっと霧島から剥がれ、パタッと床に倒れると、再びいびきをかき始めた。

 探偵の仕事は、見張りや追跡と言った地味な作業が多く、基本はバディで行動する。

 本来なら、何が何でも荒木を起こして連れて行くべきだ。

 しかし霧島は、床で寝ている荒木を見つめて、数秒、逡巡した。

 カンテラを持っていた人物の横顔は、そっくりな兄弟の相貌に酷似している。

 無理に起こしてまで、トラブルの原因になるかもしれない荒木を連れて行くのは、むしろリスクになるのでは? と考えたのだ。


「おい、自分でベッドに戻れよな」


 霧島はそう言い置いて居室に戻ると、先程オペラグラスを取り出した荷物の中からウェストバッグを取り出した。

 手早くウェストバッグを腰に巻き、もう一度窓から先程のカンテラを見た方向を確認する。

 当然、既に人影は無い。

 そこで再び、霧島は逡巡した。

 屋敷の中の階段を通ったら、誰かに見咎められるかもしれない。

 カンテラの主がこの館のメンバーであるなら、自分がそれを探りに行くところは誰かに知られない方がいいだろう。

 荷物の中には、結び目の付いた細紐もある。

 霧島はそれを取り出すと、窓を開け、紐の端に取り付けてある金具をしっかりと窓枠に引っ掛けた。


「うへえ、さみぃ…」


 昼間でさえ、上着が必要だったのだから、それは当然の事だ。

 慌てて上着を着込み、それから改めて窓枠から垂らした細紐を頼りに外に出た。


「あ〜、運動不足だな……」


 壁に足を付けて、ソロソロと降下しながらぼやく。

 実際の探偵業では、荒事に遭遇する事はまず無い。

 だが霧島の想像する探偵業では、荒事どころかこういった "曲芸まがい" とも言える行動はあって然るべきだった。

 (くだん)のブラック企業で上司の上司を殴ったように、霧島はかなり極端な正義感を持っている。

 その根幹を成しているのは、子供の頃に読んだジュブナイルの少年探偵シリーズだ。

 危機に直面した少年が、機転を利かせ七つ道具を駆使して見事に事件解決へと導く。


 それは霧島少年に取って、当時の憧れだった。


 もちろん、今の霧島がその心をそのまま維持している訳で無いが、しかしどこかにその気持は残っていて、故に荒木に「探偵助手にならないか?」と誘われた時に応じてしまったのだろうと思う。

 仕事をする上で、自分の中で厳選した道具をこっそり「七つ道具」と呼んでいるのも、その名残だ。

 少年探偵への気持ちは、子供の憧憬に過ぎないと考えている反面、時々公共の体育館やクライミングの練習が出来るジムへ行って、綱登りと懸垂下降をしているのは、未だにそういった "有りもしない荒事" への対処のためなのかもしれない。

 とはいえ、最近はそれらの練習を少々怠っていたので、実際に訪れた "いざ" となって、少々身体能力に頼り無さを感じていた。


「あ〜、しまった…」


 細紐の端に捕まって、体を最大に伸ばしても、地面までまだ一メートルほどある。

 七つ道具の細紐を、実際に使ったのは初めてだった。

 実際の探偵業と、霧島の理想としている探偵業に大変な落差があったのだから、用意してある七つ道具がそうそう活躍する事など無い。

 そもそも降り始める前に、細紐の端が地面に届いているかどうかを、目視すべきだったのだ。

 自分はたぶん、知らぬうちに状況に浮かれていたのかもしれない。

 その中途半端な格好で、霧島は再び逡巡した。

 綱登りをして部屋に戻ったとして、屋内の階段を降りて行くのはやはりリスクがある。

 此処で手を離してしまうと、窓から戻る事が難しくなるが、それでも階段を往復で二回使う事に比べたらまだ危険度は少ない。

 覚悟を決めて、霧島は手を離した。

 ジーンとした衝撃が全身に伝わったが、足をくじくようなヘマはせずに無事に着地を決め、霧島は自分が抜け出した窓を見上げる。

 窓から垂れ下がっている細紐は、夜目には目立たない事を確認してから、先程見えた明かりの方向へと向かった。

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