12.使用人まで演出してくる
「おまたせしました、お夕飯の支度が整ったので、食堂へどうぞ」
「まあってましたぁ!」
室内を見終わってもまだ時間を持て余し、資料を読む霧島の邪魔をしまくっていた荒木は、無郎の声に大喜びで飛び起きた。
「今夜のお食事も、コネコちゃんの手料理?」
「いいえ。食事の支度は、ヒトミの仕事です。僕はヒトミから、料理を教わりました」
「ヒトミさんって…、メイドさんかなんか?」
「メイドと言うのは、女性の使用人ですよね? ヒトミはお父さんの研究助手をしている男性なので、メイドではありません」
「へえ〜、やっぱりこんなお屋敷だと、使用人さんがいっぱいいるんだろうねぇ」
「僕とオニイサンと、お父さんとヒトミだけです。身の回りの事は全部、ヒトミがしてくれています。最近は、お兄さんがお父さんの手伝いをしているので、僕がヒトミの手伝いをしているんです」
その無郎の説明から、霧島はどうやらそれがこの家の顔ぶれの全容なのだと考えた。
「コネコちゃんの料理の師匠かあ〜、期待大だね!」
荒木は器用に、階段をスキップしながら降りて行く。
「なぁ、坊っちゃん。キミと有郎君は、双子なのかい?」
普通に階段を降りている霧島に、無郎は歩調を合わせている。
あれだけ大きさが違えば、年齢が同じとは有り得ない…と思いつつも、あまりにも顔が似すぎている事が引っかかり、霧島はその質問を口にしていた。
「フタゴ…って、なんですか?」
返された答えに、霧島の方が戸惑う。
「双子ってのは、双生児のコトだが…」
「ソーセージって、腸詰めの事ですか?」
無郎は、至極真面目な顔で問い返してきた。
霧島は答えに詰まり、二人の間に奇妙な沈黙が流れた。
「…あの、霧島さん…?」
「いや、なんでもない。今の質問、忘れてくれ」
「タキオちゃーん、早く早く!」
不思議そうにこちらを見ている無郎から視線を外し、階下から聞こえた荒木の声に急かされた体を装って、霧島は足早に階下へと向かう。
「早く、早く! すっごいゴチソウだよっ」
はしゃぐ荒木は、霧島の姿が見えたところで、ドタドタと走り去った。
案内もされずによくもまぁ場所が判るものだと思ったが、そういう意味では荒木は鼻が利く。
無郎と共に食堂に入ると、既に主人の席に有郎が居た。
「遅くなりまして」
「いえ、構いませんよ。どうぞおかけ下さい」
客室と同じように、食堂にも大きな暖炉があり、そこには赤々と炎が燃えていた。
東京の暑さとは比較にならないほど、日中も気温が低かったが、日が暮れてきたら肌寒いどころか完全に冷え込んできている。
暖炉の炎は、むしろありがたさすら感じた。
「そんじゃ、いただきまーす!」
霧島が席に着く頃には、荒木はナイフとフォークを両手に持って、早速皿の上の物を口に入れている。
広い部屋の真ん中に置かれた長方形のテーブルには、白いテーブルクロスが掛けられていて、華やかな装花が上品に飾られている。
だが、部屋の雰囲気は一貫して陰鬱な印象だった。
有郎は穏やかに微笑んでいるが、無郎と同じ顔であるにも関わらず、その印象は奇妙に冷たい。
霧島が席に着いてナプキンを広げていると、湯気の上がるスープ皿がそっと目の前に置かれた。
耳に聞こえた不可思議な足音に振り返ると、何処かのホラー映画から抜け出てきたような "せむし男" が、片足を引きずって歩いている。
「調査の方法をお聞きしても?」
「とりあえず、教授がいなくなる前に、何か見聞きした事や、変わった様子などが無かったかどうかを、屋敷にいる者に聴き込みします」
あまりにもセオリー通りだが、今のところ解っている事など無いに等しい。
セオリーやらマニュアルというものは、そういう時にこそ活用すべきだろう。
「しかし変わった事と言われても、困りましたね」
「なぜです?」
「父は研究に没頭をすると、食事にも顔を出さなくなるような人でしたから。正確にいつから姿が見えなくなったのか、私達でも解らないのですよ」
「本当に?」
「はい。研究の邪魔をされる事を、なにより嫌う人ですから。没頭している時は、部屋に近付くと怒られますし」
「しかし、何日もの間、食事をしないでいるのを、放ってあったんですか?」
再び、ギクシャクとした足音が近付いてきて、霧島の前に前菜の乗った皿が置かれる。
「丁度良い。父の世話は人見がしていましたから、聞いて下さい。人見、霧島さんに、父さんがどうやって食事をしていらしたか、説明してあげなさい」
「はあ…」
無郎から、ヒトミと言う人物が家の中を取り仕切っていると聞かされていたが、なんとなく水神のところの秘書のような "辣腕執事" のような者が出てくると、勝手に想像していた。
そのイメージとの落差に、霧島は少々面食らったが、考えてみればこの家の顔ぶれは四人と思っていたのだから、せむしの給仕が出てきた時点でそれは判りきっていた事でもあった。
身体機能的に大変そうというよりは、むしろ億劫そうに霧島を見た人見は、生気のない淀んだ眼差しをしている。
「旦那様は、いつも食事を扉の前に置いておくように、言ってました」
抑揚の無い、まるで自動音声のような声音で、人見が言った。
「置くだけで、室内を見たりは?」
「叱られます」
「父は非常に気性の激しい人で、気に入らない事があると物を投げるのです。私達は、父の勘気に触れぬように、息を潜めて生活してましたから」
「なるほど…」
有郎の態度や様子からは、父親の影に怯えて息を潜めていたと言われても、いまひとつ納得が出来かねる。
が、それを此処で言い張っても仕方がない。
少し考えてから、霧島は試すつもりで有郎に次の質問を投げかける。
「おかしな質問をしますが、もしかしてあなたと無郎君は、双子ですか?」
「まさか、僕は運転してるんですよ。…僕たちは、年子です」
冷笑に近い顔で人を食ったように答えてきた有郎に、霧島はただ「そうですか」とだけ返した。




