11.マッドサイエンティストの家族写真
案内された部屋は、広く豪華な角部屋だった。
「うっわー、すげぇー」
「はしゃぐなよ。恥ずかしい」
最初に目を引くのは、アンティークのソファと大きな暖炉だが、続き部屋にはセミダブルのベッドが二台とやはりアンティーク物と思われる大きなクローゼットが置かれている。
更に、寝室の奥には客室専用の風呂まであった。
この館は、まるで華族の邸宅そのままだ。
だが此処が札幌ならばともかく、知床半島の山奥である。
正直に言って、理解が追いつかない。
なぜこの建物が、この場所にあるのか?
例えば、なんらかの文化財レベルな西洋館を、どこかで買い取って移動させた…というなら、年代物の建物が此処にある理由付けにはなるかもしれない。
だが、此処に至る道程を考えたら、それは元から無理な話だろう。
では、元々この場所にこの建物が建てられたのか? といえば、それもかなり信じられない。
そもそもこの建物は、冬場の雪に耐えられるのであろうか?
「食事の時間まで、寛いでいて下さい」
無郎は会釈をすると、部屋から出ていった。
「おい荒木。お前、どう思う?」
ソファに腰を落ち着けた霧島が、いまだに部屋をウロウロしている相棒に声を掛ける。
「どうって、オニイサンのコト?」
大理石で出来たマントルピースを覗き込んでいた荒木は、屈んだポーズのママ霧島に振り返った。
「他にもイロイロあるとは思うが、まぁ、そうとも言える」
「そーだなぁ……」
荒木は姿勢を戻すと、霧島の向かい側に腰を降ろした。
「性格はコネコちゃんより、キツそうな印象だね。コネコちゃんは、年齢相応に美少年だけど、同じ顔でもオニイサンは、年齢よりちょっと大人びてる感じがして、兄さんキャラ的な美青年だよね」
実に真剣な顔で返されたコメントに、霧島は頭を掻きむしった。
「どしたの、タキオちゃん? アタマ痒いの? シラミ?」
「ちげぇ!」
この程度の返事は、荒木の性格を考えれば容易に予測出来たはずだ。
だが、変に真面目な様子にてっきり騙されて、霧島は軽い自己嫌悪に陥った。
「怒鳴るコトないじゃんか〜」
ムッとして、荒木は再び立ち上がると、マントルピースに置いてあるフォトスタンドを手に取った。
「睦まじい家族写真♡ こーゆーの見ると、早く見つけてあげなきゃって気持ちになるよね」
気を取り直した霧島は、荒木が指差すフォトスタンドに目をやった。
中央に、根暗で神経質な印象の銀縁眼鏡を掛けた年配の男が立ち、まるで左右対称のように有郎と無郎が立っている。
「でもさぁ、こんな家族写真置いてるのって、日本人だと珍しいよね。外国ドラマとかだと、良くあるケドさぁ」
「それ以前に、これ、睦まじいか…?」
中央の年配の男が、多分 "高見沢教授" その人なのだろう。
教授は無郎の方に手を掛けて、自分に引き寄せるようにピッタリと並んでいて、逆に教授と有郎には微妙な距離が空いている。
更に、無郎は無邪気な笑顔だが、同じ顔をした有郎は微かに怒気を孕んだ、不愉快極まりないといった顔をしていた。
「オニイサン、お腹空いてるとか?」
「オマエの発想は、貧困すぎだろ」
「でもさぁ、このオトウサン、こうして見るとただの引きこもり系オタクみたいな感じしない?」
「そうだな。オロチの会長はマッドサイエンティストみたいなコト言ってたが…」
霧島はふと思い出して、自分の荷物の中から数冊のファイルを取り出した。
こちらに来る前に、秘書を通じて、水神から渡された物だ。
とはいえ、東京にいる間はもちろん、移動の最中も荒木の面倒を見ている方が忙しくて、資料の半分も読めていなかった事を思い出し、この時間に少し目を通しておこうと考えた。
「う〜ん、じゃあ、お小遣いを落としたとかは?」
未だフォトスタンドの前で、有郎の表情の謎を考えていた荒木が言った。
「あんまりアホなコトばっかり言ってると、ハッたおすぞ」
「でもさぁ、家族写真なんて、カワイイ発想だよね。きっとコネコちゃんが『僕、お父さんの写真を飾っておきたいんです』とか言って、おねだりされて撮ったとかだよね」
「もうちょっと、考えてから発言しろよ。年がら年中一緒に家に居る親父の写真、わざわざ飾りたいか? 第一、平素使ってない客間に放置して、埃まみれにしとく理由は?」
「むう〜、タキオちゃんは夢がナイなぁ」
荒木はさもさもつまらなそうに、唇を尖らせた。




