10.テンプレートな不気味屋敷
駐車場を出た車は、国道334号線を山の方へと向かった。
道沿いには、ところどころに観光案内の店や、食事処の案内看板などがあるが、基本的には一般家屋の方が多い印象だ。
「見て見て、タキオちゃん! 熊の湯だって!」
「無料の天然温泉ですよ」
はしゃぐ荒木に、有郎がそっけない返事をした。
そこから少し行ったところで、車は側道に入る。
「へえ、こんな道でも車が入ってイイのかぁ!」
荒木の言う通り、側道は舗装もされておらず、下手に喋ったら舌を噛みそうな揺れ具合になった。
だが、有郎はその荒木の言葉に返事をせず、更に車を進める。
どんなに酷くとも、それなりに轍の後が残っていた道を強引に進むと、目の前が急に開けた。
と言っても、北海道らしい広々とした牧草地…と言う訳では無く、視界の先には道路の左右に見えていた森林がある。
地面には轍が無くなり、ところどころに水が流れている。
どうやらそこは道ではなく、川の合流地点のようだ。
何本もの支流が集まっているような場所だが、浅瀬であるためジープ仕様のチェロキーならば問題なく走る。
有郎は、わざと水流のある部分を選んで走っているらしく、水しぶきを上げながら車は進み、流れに逆らいながら細い支流の一つに突っ込んでいった。
「タキオちゃん、これって道?」
荒木がコソッと、耳打ちしてきた。
霧島は、黙ったまま首を横に振る。
「だよねぇ…」
呟くように、荒木が言った。
その間も車は水しぶきを上げながらどんどんと進み、川がうねって先程の浅瀬がほとんど見えなくなったところで、川から上がって森に入った。
上った岸の反対側は樹木がびっしりと生えていて、例えその向こう側に人が行き交う道があったとしても、全く見えないだろう。
林道と言うよりは、むしろ登山道に近い、チェロキーの両脇を頻繁に伸びた枝や葉が叩くような狭さで、しかも上を樹木に覆われているので暗い。
そのくねくねした傾斜の厳しい道を、有郎はかなりのスピードで車を走らせた。
しばらく走ったところで、無郎が後ろ座席の二人に振り返った。
「あれが、僕達の家です」
森の中に忽然と現れた屋敷は、B級ホラー映画にでも出てきそうな、古式ゆかしい建築様式をした西洋館であった。
佇まいは、なんともいえない陰湿な印象がある。
白い外壁は全体に灰色っぽく汚れ、屋根と窓枠は同じ緑色をしていたのだろうと思われるが、すっかり黒ずんでいた。
表から見た感じは左右対称で、窓の様子から二階建てらしい。
玄関前にはポーチがあり、車寄せのためのエントランスになっている。
「兄さん、お二人を客間に案内してもいいですか?」
車は、エントランスの前に停められ、荒木と霧島が降りたところで、無郎が有郎に確認を取った。
「一番奥の部屋にな」
有郎は指示を出すと、車を動かして屋敷の裏手に行ってしまう。
「遠慮しないで、あがってください」
「裏に、駐車場でもあるの?」
「別棟のガレージがあるんです」
土地柄的に、冬場は雪が深くなるのだろう。
となれば、車を野外に駐車する訳にもいかないのかもしれないな…と霧島は考えて、先に立って案内をする無郎の後に続いて屋敷に入った。
B級ホラーな西洋館は、中もお約束通り古びていて陰気だが、豪華な造りだ。
エントランスから玄関を潜り、中に入るとホールになっている。
ホールの正面には階段があり、天井からはシャンデリアが下がっていて、壁際には大きな振り子時計が置かれていた。
シャンデリアにろうそくが無かったので、どうやら内容的には文明的な生活が出来ているようだが、此処に至るまでの道程を考えると、自家発電だろうな…と霧島は思った。
屋内は薄暗く、夏の屋外から入ってきた明暗の差に瞳孔が追いつかない。
荒木ですら、室内の暗さにパチパチと瞬きをしているのに、無郎は屋内の配置を知っているからか、どんどん奥へと進んでいく。
階段に至る手前で、左右に廊下が伸びていた。
「どうぞ、こちらへ」
先を行く無郎は、階段を登り始める。
階段は踊り場で折り返す形になっていたが、それもまた左右対称になっていて、無郎は右側へと進んだ。
二階に上がると、下と同じく廊下が真っ直ぐに一本通っている。
そこをまた、右へと進む無郎の後を追いながら、霧島はなんとなく振り返った。
「なぁ、坊っちゃん。あっちには何があるんだ?」
廊下には常夜灯が付いているが、それもまた薄暗く、長い廊下の向こうを見通す事は出来なかった。
「お父さんが使っているので、僕は良く知りません。お兄さんに、お父さんの邪魔をしてはいけないから、あまり見て回ってはいけないと言われています」
「ふうん」
「この、階段の傍の部屋がお兄さんと僕の部屋です」
「ええ〜、ひっろいお屋敷なのに、コネコちゃんの一人部屋じゃないんだ?」
「いえ、一応それぞれに部屋を与えて貰っているんですが、なんとなくいつも一緒にいますし、それに部屋も広いのでそういう形に落ち着いちゃったんです」
廊下の一番奥まで進み、無郎は客室の扉を開けた。




