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荒木探偵事務所  作者: RU
事件簿1・俺と荒木とマッドサイエンティスト
1/36

1.巨大ミノムシの中身は美少年

 その日も、霧島(きりしま)瀧央(たきお)は、いつものように六時に起床した。

 霧島が暮らす "シャトレー築地" は、かなり年季の入ったコンクリート打ちっぱなしのビルで、勤め先である事務所の隣…と言うか、もっと簡単に言えば事務所に住んでいる。

 大学時代の友人である荒木(あらき) 龍一 (りゅういち)が雇い主である、荒木探偵事務所が霧島の勤め先である。

 とはいえ、荒木は探偵らしい仕事などほぼほぼしていない。

 シャトレー築地は、元は荒木の伯父の持ち物だった。

 荒木の話によれば、伯父は親族の中でも筋金入りの偏屈者だったが、同時に親族でもっとも資産家で、そしてやはり親族の中では変わり者で通っていた甥である荒木と非常に馬が合ったと言う。

 その伯父が突然、飛行機事故で亡くなり、成人したばかりの荒木のところに(くだん)の不動産が転がり込んできた。

 当然、そんな都心のビルの相続税など荒木に支払えるはずも無かったのだが、伯父はそれらの手配もすっかり済ませてくれていて、荒木はてっきりシャトレー築地のオーナーとなったのである。

 正直、このビルそのものにはさほどの資産価値は無い。

 昭和の時代ならいざ知らず、既に平成も18年にもなろうというイマドキ、ビルにまともな空調管理システムも備えていないのでは、当然だろう。

 地球温暖化の影響で日々の気温がどんどん上がっている夏場の朝は、こうして霧島が事務所の窓を開けて回って置かなければ、昼にはサウナを通り越して拷問部屋のような気温となってしまう。


 そうして、いつもの習慣で窓を開けて回っていた霧島は、事務所に置かれたボロいソファの上に、巨大なミノムシを発見した。


「おい荒木、夜遊びは良いが、事務所で寝るな」


 そう声を掛けながら、霧島はミノムシの被っている毛布を引っ剥がそうとした。

 が、そのちょっと手前で手を止める。

 行きつけのゲイバーで飲んだ荒木が、へべれけになって帰宅して事務所で寝るのは日常茶飯事だ。

 しかし、今までに荒木が毛布を被って寝ていた事など無い。

 もっと言ってしまえば、寝室のベッドの上に、荒木が居たような気がしてきたからだ。

 ならば、一度寝室に戻って、荒木が居たかを確認してくれば良い…と考えた霧島は、そのまま(きびす)を返して、寝室に向かおうとした。


「う〜ん…」


 荒木よりもずっとトーンの高い声がして、毛布の端から白い腕がにゅっと出た。

 振り返った霧島が見る間に、毛布のミノから頭と肩が生え、反対側からは足が生えた。

 毛布に一晩くるまって乱れた頭髪は、本人が体を起こすとサラサラと動いて、見る間に綺麗に整ってしまう。


「おはようございます」


 毛布から出てきた人物は大きく伸びをした後に、霧島の存在に気付いて挨拶をしてきた。


「あ…うん、…おはよう…ございます…」


 場の空気に飲まれてそう返したが、霧島の頭の中は大混乱になっていた。

 見た事も無い人物、しかもどう見積もっても10歳前後の子供である。

 少女漫画から抜け出てきたみたいな "美少年" で、朝の挨拶をしながら微笑んだだけで、背景に大輪の花がぼんぼこ咲き乱れているような相手だ。

 とうとう相棒(あのバカ)は、こんな年端も行かぬ者にまで手を出すようになってしまったのだろうか?

 と、そこまで考えたところで、霧島はハッとなり、またしても180度向きを変えると、寝室に突進した。


「アーラーキーィッ!」

「ぎゃあ!」


 脳内イメージでは飛び蹴りをしていたが、実際の霧島はダブルベッドで惰眠を貪っていた荒木の上に飛び乗っただけだ。

 寝室は、霧島と荒木の共用である。

 正確には、この事務所兼住居に、霧島は荒木と二人で暮らしている。

 此処で常に霧島が強く主張するのは、あくまでも荒木との関係は "大学時代からの腐れ縁" 的な友人であり、現在は自称・名探偵を名乗っている荒木の "探偵助手" として雇われている関係だと言う点だ。

 なぜその部分をそこまで強く主張するのかと言えば、荒木はこの寝室を「愛の巣」と呼び、霧島を「最愛なるタキオちゃん」と称していて、なにも知らない者にしばしば誤解されるからである。


「テメェっ! 一体何をやらかしたぁっ!」


 突然、飛び蹴りならぬ飛び乗りを食らって叩き起こされた荒木に対して、霧島は容赦なく馬乗りになり、パジャマの襟を掴んで前後にガクガクと揺さぶった。


「なに? なんなの、タキオちゃん?」

「ふざけんなっ、クソヤロウっ! あんな年端も行かねェ、チビスケにナニをしたっ!」


 霧島が逆上しているのも、くどいほどに自分が荒木の "カレシ" では無い事を主張するのも、理由がある。

 それは、荒木が自身の性的嗜好をカミングアウトどころか、ゲイである事を全く包み隠さず、オープンにしている事と、極度の節操なしで、ちょっと自分の好みに引っかかる相手を一人残らず、軽いノリで口説くためだ。

 荒木は飾った言葉で表現するなら、かなり人懐こい性格をしている。

 忌憚のない言い方をすると、かなりの距離無しで、言動は無責任だ。

 不思議とそれでトラブルは起こさず、しかも相手がまた "一夜のアバンチュール" と言っただけで終わらずに、そのまま荒木の人脈となるのが謎なのだが。

 とにかく霧島は、その荒木の毒牙に未成年を巻き込んだのかと、頭に血が上っているのである。


「あ〜、コネコちゃんのコト? 昨日の帰りに拾ったんだよ」

「ひろ…拾っただぁっ?! 言い訳にもなってねぇぞっ!」

「だって、拾ったモンは拾ったんだもん。まぁ、まぁ、そういう込み入った話は、朝ゴハンでも食べながら、心穏やかに話し合お?」

「適当に、ごまかそうとしてんだろ?」

「してない、してない。ほらほら、ね」


 そこで問い詰めたところで、埒が明かない事も解っていた霧島は、荒木の襟元から手を離した。


「スジの通った説明が無かったら、ブッコロスからな」

「きゃあ、タキオちゃんワイルド♡」


 ふざけた荒木の応対に苛立ちを覚えたが、それにいちいち返していては切りが無い。

 霧島は、諦めて寝室を後にした。

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