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第25話 SAND STORM

【グラップリング】

 それは打撃を行わず、投げ技・関節技・絞め技のみを攻撃手段として行う試合形式である。格闘技の団体や興行によって微細なルールの違いはあるものの、概ね共通するのは前述の通り。


『なお、干支乱大武繪におけるグラップリングルールは、片方の降参及び失神・負傷等による仕合の続行不可を以て決着とします!!』


 先に動いたのはヴィーカだった。左手でヒカルの右袖を掴む。柔道には「引き手」と「釣り手」というものが存在し、引き手は相手の袖を掴み、相手の体を引き寄せる事に使う持ち手である。この引き手を先に掴む事で優位な試合運びへと繋げる事が可能となのだ。

 引き手を取った後に掴みに行くのが「釣り手」。 こちらは相手の襟を掴み、体を釣り上げる動きを行う。引き手と釣り手、そして足腰の運び、この3つが柔道における投げ技の基本であり、かなめとなる。ヴィーカがもう片方の手で釣り手たる襟を掴みにいくが、ヒカルは掴まれる前にそのまま尻と背中を地に着き、ヴィーカの左腕に自らの右足を巻き付けた。


『引き込みからのスパイラルガードだね!』


 ヒナコの言う「引き込み」とは、お互いに立った状態から組んで直ぐに自ら座るなり仰向けになる等して寝技の攻防へと持ち込む戦法である。

 ブラジリアン柔術の試合は互いに立った状態で始まるが、最終的に寝技の攻防で決着が着くため直ぐに寝技へ移行する。その際、相手の投げやタックル等で寝かされた場合、「テイクダウン」として倒した方が2ポイント獲得となる為、テイクダウンを取られる前に自ら引き込みを行い、寝技へと移行するのだ。

 そして、寝技で下になっている側をガードポジションと呼び、クローズド、スパイダー、デラヒーバ等様々なガード技術が存在する。

 ヒカルの取った体勢をスパイラルガードと呼ぶ が、これは上になっている相手の袖や手首を掴み、更に腕へ片足を巻き付ける様にして封じ、残った手足を使って下から攻める体勢である。


「ぬうっ……」


 ヒカルのスパイラルガードにより左腕を封じられたヴィーカは何とかその体勢を維持する。膝を着き、姿勢を低くすれば(たちま)ち三角締めに入られてしまうだろう。

 ヒカルがヴィーカの左腕に巻き付けている腕はまるで蛇の体の様だった。そして、じわじわと相手の体力を削る攻めもまた蛇の如し。


『寝技の攻防が続きますが、打撃の無い闘いは何というか、地味ですね』


『柔道の寝技だと、10秒くらい押さえ込みや締め・関節技に入らない膠着が続くと「待て」が掛かかって仕切り直しだけど、柔術やグラップリングだと基本的に待ては掛からないから、長時間の寝技はヒカルが有利かもね』


 だが、ヴィーガもこのままの体勢でいるつもりは無い。左手でヒカルの襟を掴み、右手はヒカルの左足を、膝を固定する様に掴んで持ち上げた。


「なっ…」


 右足が相手の左腕に絡みついたままの状態で高々と抱え上げられたヒカルは、驚きのあまり隙が生じる。

 そこへすかさずヴィーカは左足を掴んでいた右手を解くや、前方へ右足を半歩踏み出し、その足を軸に体を横に半回転、そして前方へ屈む様にヒカルの体をリングへと叩き付ける!相手の足を担いでの一本背負いだ。

 叩き付けられる寸前、ヒカルは咄嗟に両腕で顔面を覆い、頭部へのダメージを減らす。


「これが、“投げ”だ、ブラジリスキ(ブラジル人)!!」


立ち上がるヒカルに対し、ヴィーカが言い放つ。


「まさか、あんな体勢から投げに持って行くとはなぁ……だが、背中から落とさなきゃ“一本”にはならねえんだろ?ま、この仕合に一本勝ちのルールはねえけどな」


 ヒカルは軽口を叩きながら再び対峙する。



『ヴィーカ選手は同じくらいの体格であるヒカル選手を強引に持ち上げましたが、あれは寅の干支乱勢に与えられた特性でしょうか!?』


『そう。ティガの能力は筋力と俊敏性の強化。ドラガォンと並ぶ最強候補の能力だよ。ヴィーカは相手を掴みさえすれば、どんな体勢からでもブン投げる事が出来るんじゃないかな』


『因みにヒカル選手の持つ己の能力は、どの様なものなのでしょう?』


『柔軟性の強化』


『コブラの様に毒があるとかではなく?』


『蛇らしく体がめっちゃ柔らかいだけ。でも、それは柔術使いのヒカルにとって最も相性が良い能力なんだよ』



 じりじりと、ヴィーカとヒカルは距離を詰めてゆく。


「ロシアやフランスの柔道家ってのは、力任せに投げるばかりで“やわら”の無い闘い方だよな。 よくそんなんで柔道なんて名乗れるぜ」


 なおも相手を挑発するヒカル。


「柔よく剛を制す……そんな言葉もあったが、柔と剛、どちらも有するのが柔道の成るべくして成った姿だ!!」


 ヴィーカは物に飛びかかる猛虎の如く、素早くヒカルの袖と襟を掴んだ。そして、背負い投げの体勢へ入ると、勢いよくヒカルの体を投げるが、途中で妙な違和感に気付く。持ち上げた相手の体が尋常ではなく軽いのだ。


「ッ!?」


 ヴィーカがリングへと叩き付けたのはヒカルの着ていた青い柔術着のみ。


「蛇の脱皮♪なんてな!」


 上半身をラッシュガードのみ纏ったヒカルは、その言葉と同時にヴィーカの背後から裸絞め (スリーパーホールド)を掛けていた。


『なんとヒカル選手、ヴィーカ選手の背負い投げに合わせて柔術着だけを持って行かせましたッッ』


『ヒカルはわざとヴィーカには組み合わず、 投げられる瞬間に肩の関節を巧みに動かして、柔術着から体を《《抜いた》》んだ!』


 それは蛇の如く軟らかい体を持つヒカルだからこその奇策であった。


「オイ審判、これは反則か?」


 ヒカルはヴィーカの首を絞めながら、審判ゴーレムへ問う。


「反則となるのは打撃と武器の使用のみ。貴方は脱いだ柔術着で相手を攻撃したわけではないので、武器の使用には当たらず……よって反則ではありません」


「だとよ♪」


 ゴーレムの回答に対し、にやりと笑みを浮かべるとヒカルは更にヴィーカの首を締めあげる。

 立ったまま裸絞めを耐えていたヴィーカの力が抜け、膝からくずおれた。

 動脈の圧迫により、脳へと酸素が行き渡らなくなる、「落ちた」状態である。


「……試合続行不能!勝者、ヒカル!!」


 審判ゴーレムが勝ち名乗りを上げると、客席からは歓声とブーイングが鳴り響く。ヒカルの取った戦法を、頭脳プレーと取る声と卑怯であると取る声は半々、賛否両論だった。


「うるせえぞコラ!結果が全てだ!生きるためにはカッコなんぞ付けてられっかバカタレ!!」


 ブーイングを飛ばす観客に対し悪態をつきながらヒカルがリングを降りる後ろで、ヴィーカは猫ほどの大きさの虎へと姿を変えていた。


「ヒカルの奴、悪役ヒールの才能あるんじゃねえのか……?」


 離れて試合をしていたテルは、そう呟いた。

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