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騎士学院

今宵の《潮》は大きく、予想される被害は甚大。

内陸部においても、最大限の警戒措置を取られるべし。


騎士団から上記の要請を受け、フラガニール騎士学院の門は固く閉ざされていた。


広大な敷地の外周には、数名の講師の監督のもと、見張りの兵——選抜された騎士候補生たちが3人1組となって巡回する。


内陸部の警戒任務や散発的な戦いであれば、大きな危険はほとんど無い。こうした機会を活かして学生に実戦経験を積ませることも、騎士学校の重要な使命のひとつであった。


もう何体めとなるか分からない屍人を燃やすと、燃えるような橙色の髪をした青年、いや少年が声をあげた。


「——ったく、忙しねえ。しかも、雑魚ばかり。きょうの夜番はハズレだなぁ、お゛い?」

「あ、ああ、ほんとだね、ロンダくん。こ、こんなの、聞いたことなかったね。いひっ……。」


隣を歩く少年が卑屈に笑んで応じる。背丈は高いが猫背で内股。黒に近い暗赤色の髪をぺったりと真ん中で分けている。


一方のロンダと呼ばれた橙髪は、髪を逆立て、やや短躯だががっしりした体つきで、自信に満ちた足取りだった。


「足ぃが、もぉーう、疲れぇーた、よぅ……。」


三人組のもう一人、丸々と肉のついた巨大な少年が、息を切らせながら数歩遅れてついてくる。

背中に大円盾、右手に大鉈、髪の色は黄色と赤茶のまだら模様だ。やや愛嬌のある見た目は、人懐っこい獣のように見えなくもなかった。


「うるせぇ、ウーダ。しかも遅え。……ったく、どうせ出るなら泥魔が出ろや。屍人じゃ俺ら《燃萌団(ブルーマー)》の武功になりゃしねえ。なあ? チムナぁ?」


身につけた力や技を試したくて仕方がないとでもいうように、橙髪が虚空に向かって剣を振る。幅広の両刃剣が、ふぉん、ふぉん、と空気を切り裂いた。


チムナと呼ばれた長身の暗赤髪は困ったような笑みを貼りつけながら、両手でつかんだ細杖を拝むようにして握りしめる。


「う、うん……で、でも……」

「ぁあぁー、れぇー?」

「でも……やだなあ……」

「おいお゛い、チムナぁ、怖気てんのかぁ……?」

「やだな、血が出て、肉出て、骨折れて、内臓がひとつずつ潰れて、ぷち、ぷち、ぷち……」

「なぁぁん、かぁ……」

「ぷち、ぷち、悲鳴が……い、ひひ、いひひ……。」

「きぃー、てぇ……」

「てめぇら゛、うるせぇ! ぶっ飛ばすぞ!!」

「ひ、ひひひ、臓器、臓器だ、臓器ひ……」

「来ぃ、てぇ、るぅー……」

「あ゛?」「ひ?」「ぞぉー?」


いっせいに暗い森の方を見ると、そこには二つの小さな影がゆっくり近づいてきていた。


「……っち、屍人か。しゃあねえ、やるかぁ゛!」

「っひひ、もえ、燃や、焦がして、やろうねぇ……。」

「ぶぅ、っ、とぉ——、ばー……」


三人の連携はシンプルだ。


偉そう(ロンダ)が切りつけ、のっぽ(チムナ)が燃やし、太っちょ(ウーダ)が重い一撃を叩き込む。状況により、ウーダが大円盾で攻撃を受け、ロンダとチムナが魔術での攻撃を担当することもある。


「っしゃあ、いくぜ! 灼け・刃=《焦熱刃(バーナーエッジ)》!」

走り出したロンダが剣型の灯杖に仕込んだ《火石》に点火。

高熱を剣に纏わせるとともに跳躍し、


「え、援護するよぅ。——は、疾れ・礫よ=《炎礫(フラムブラスト)》っ……!」

追うチムナは燃え盛る礫の群れを放ち、


「すぅー……う、……あぁー、れぇー?」

ふと立ち止まったウーダは、はて?と首を傾げた。


「おおらぁああ゛——っ!」

橙光を放つロンダの剣が屍人を捉える——。

そう思ったときには、


「……生死の区別もつかぬとは。まったく、教育がなっておりませんな。」

ロンダの体は地べたに仰向けに叩きつけられ。


「ん。三バカ。モエモエ団。」

飛来したはずの火弾は全て、なぜか行く手を外れて飛び去って。


「あ、あぁ゛? おまえ……《灰娘(シンダー)》……っ痛ってぇ?」


愚かな橙髪は極められた腕関節をさらに捻り上げられ悲鳴をあげる。

大荷物を背負った灰髪灰眼の少女と矍鑠たる老兵が、冷え切った目で三人組を見下ろしていた。


山道を掛けて約半刻。

カミナと老執事は、ついに目的地である騎士学校に到着したのだった。


***


「学院内には入れない?……どういうことです?」

ウェルダが睨むと、地べたに正座させられた三人の体がビクッと跳ねる。気弱なチムナは「うっ、うっぅ……」などと目に涙を浮かべながら嗚咽していた。


「おっと、少々威圧が過ぎましたか。これは失礼。……坊ちゃま、聞かせていただけますか?」


纏った怒気と圧力を収めると、最も会話の成り立ちそうなロンダに話を促す。


「いいけど、あんた、何者だぁ゛? 下手すりゃ、うちの親父より……。」


青ざめたロンダはぶるんと頭を振ると、力を振り絞るようにギッと目を見張ってカミナを睨めつけた。


「そもそもお前ぇ、《灰娘……っ!……分かったよ、言わないってば……あー、なんだっけ……カミナさんよぉ。お前、成人してるはずだろぉ゛?」

「そうね。わたしは大人の女……!」


なんか腹立つ……!

ドヤ顔を決めるカミナに理不尽な気持ちを噛み殺しながら、ロンダは続けた。


「——だから゛、お前は中で引きこもるんじゃなくってさあ、外を護るのが役目なんだよ! 教わっただろ?」

「教わって……ない!」

「いつも学校来ねえからだろ゛っ……!?」


腹立ち過ぎて気が狂う……! ロンダは思った。

そのときだった。


「——その通り。そのうえ、出来損ないときた。そうだな? カミナ=ルシッドレッド?」

嗄れた声とともに、ひとりの男が暗がりから歩み出る。


わずかに茶白い髪を残した禿頭。濁った茶の目は片方が濁って潰れている。

右手に黒杖、中肉中背というには少し肉のつきすぎた体を同じく黒いローブに押し込め、長すぎる裾をずるずると引きずりながら歩いてきた。


「せ、せ、先生! こ、こ、こいつら……」

「おぉー、つぅ、かぁーれぇー……」

「助かったぜぇ……ケルスナー先生、このじいさん、なんとかしてくれよぉ゛!」


少年たちに安堵が広がる。

ケルセナー=ファンヒ。

騎士ではないが、学院にて長いこと攻性魔術や薬学を教えてきた古株で、屍者との戦闘や中小規模の作戦指揮にも長けているとされている。今回の防衛においても、学院の守りの一端を任されているようだった。


カミナたち二人を視野に納めたケルセナーは、ヒキガエルのような粘ついた笑顔で口を開いた。

ねばねば、にちゃついてばっちいわ。カミナは顔をひきつらせた。

頼むから歯だけは磨いてほしい。


「……おお、ウェルダ殿——名高き《溶接》の騎士さまが、愚かな《灰娘》のお守りですかな?」

「っ!……貴様……っ……!」

ウェルダが槍に手をかける。カミナが咄嗟に制止した。


「爺や。だめ。……えぇっと、ケロちゃん先生?」

「ケルスナー、だっ!!」

「わかった。ケルちゃん……わたしは、ここにはいられないの?」

「くっ……ふ、ふん、その通りだとも……。成人し《照霊》を持つ候補生は、三人組で守備を担い、年端もゆかぬ者を護る。それが我が校の伝統だ! 初歩の火術も扱えない出来損ないのお前なんぞに、与える居場所など、あるものかっ!!」


どうにか立ち直ったケルスナーは、気をよくしたように、ふたたび下卑た笑みを浮かべる。


「しかもお前……儀式にも失敗して《照霊》を得られなかったのだろう? ひぃっひっひっい気味だっ……! わしは、愉快でたまらんかったぞ? なんせお前の親父にはさんざゲブゥェォッ!」


言い終わらぬうちに、老執事の短槍の一撃が深々と鳩尾を貫いていた。

抜き去った槍をひゅるんと振るうと、優しい声でカミナに言った。


「峰打ちです。……さあ、お嬢様。参りましょう。」

「おみごと。……どこへ?」

「『二ツ森の水辺』。お母様の別邸でございます。」

「————! それは、さいこう……!」


カミナもちょうど、久しぶりの学校はやっぱり最低だなと思っていたところだったのだ。


じゃあ、行くね。

そう言うと二つのマントが翻り、気がつけば二人の姿は消えていた。


………………。


………………………………。


「……やっぱりよぅ……ハズレだったなぁ゛、きょうの夜番は……。」

「そ、そ、そうだね……。」

「こぉーわ、かっ、たぁあ……!」


腰が抜けた三人が気を取り直し、反吐まみれで気絶した教師をかついで立ち去るのには、今しばらくの時間が必要だった。

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