できそこないの灰娘
——灯れ、《灯火》……!……灯れ、灯れ!!
幼き日。
灰色灰眼の童女が叫ぶ。
(なんで……? ……どうして?)
火こそは騎士の勲である。
闇夜を照らす聖なる篝火。
忘れ去られるほどの太古から、わたしの街は、聖火を灯し死者を祓う《篝火の騎士》たちによって護られてきた。
誇り高き騎士たちの子ら。
未来の聖火の担い手であるわたしたちは、右も左も覚束ない幼い頃から、厳しい魔術の教練を義務付けられてきたのだった。
——灯れっ!《灯火》!……灯れ、灯れッ!!
子ども用のちいさな白杖には、小さな赤石が嵌まっている。
魔力を蓄え放つ魔石は、わたしの街では《火石》と呼ばれる。
これを使って小さな灯火を灯す。
騎士になるための始めの一歩だ。
手に跡がつくほど握りしめ、何度も何度も、火を願う。
目に染みたのは汗か涙か。
一節だけの詠唱が、虚しく園庭に響きわたる。
石造りの学院の学び舎が、厳しいすがたで居丈高にわたしを見下ろした。
どれだけ強く念じても、《灯火》が灯ることは無い。
魔力が、足りない。絶望的に。
騎士の子なら誰もが息をするように操るはずの基礎魔術。
発火しそこねた僅かな魔力が、泡沫のように儚く消え散っていった。
「うわー、こいつまだ《灯火》もできないぞぉ!!」
「げぇぇ、まじかよぉ!! ありえねえ!!!」
「えー、嘘でしょ!? 信じらんない!! わたくしなんて、赤ちゃんの頃から使えたわよぉ!?」
あたりに散らばる園児たちが、屍人の首でも取ったかのように騒ぎ出す。
各々の灯した《灯火》を、なかには上位魔術の《炎球》までをも振りかざしながら、わたしを憐れみ、揶揄し、嘲る。
ここ何日も、幼児園では同じ光景が繰り返されていた。
つい先月、玩具で遊んでいた頃までは、仲のよかった子どもたち。
いいえ、違った。
今でも仲は良いんでしょう。
使えないわたしを除けばの話だけど。
「燃えかす」「消しカス」。できそこないの「灰娘」——。
震える私に向け、いつもの嘲りが口々に放擲される。戦技や魔術の前に、人にむやみに悪口を言わないように教育しておいてほしいのだけど。
「……うぅむ……止めっ!!」
教師の号令が頬を張るように耳朶を打ち、辺りがぴぃんと静まり返る。
「……定刻だっ!!本日の訓練はここまでっ!!」
せんせい——古い隊服をきっちりと着込んだ禿頭のおじさまが、苦行の時間の終わりを告げる。
暖炉の熾火のようにわたしを睨む目の色。ひくひくと動く口髭が、苛立ちと不機嫌さを隠しもせずに放っていた。
図体が大きく年かさなだけで、内心では級友じゃりどもの悪口と大して変わらぬことを考えているに違いないのだ。
他の大人も。あいつも。こいつも。みんなそう。
父さまだって、優しいけれど、心のなかではがっかりしてる。
「できそこない」の哀しいわたし。
そのまま受け止めてくれるのは、いつだって母さまだけだった——。
「——大丈夫。あなたはわたしの自慢の子。言いたい人には言わせておけばいいんです——。」
優しく語りかける母の赤髪は、夕陽と西風を受けて、炎のように美しく波打っている。わたしは母の髪とお日様のような匂い、内緒でもらえる蜜色の焼き菓子が大好きだった。
「——大丈夫。何も心配いらないわ。全ては変わる。15歳になれば——そう……必ず——。」
灰色の癖っ毛を撫ぜられながら、小さなわたしは眠りに落ちていった。
母さまの優しい掌の感触は、つらい現実をすみずみまで拭い去ってくれるかのようだった。
***
そして、15歳を迎えた今。
カミナは儀式を恐れていた。
15歳を迎える騎士の子女たちが集められ、霊鏡の御前でおのれの照霊を授かる儀式。
《照鑑の儀》と呼ばれるそれは、成人を証するとともに、彼ら・彼女らの資質を見定めるものとして古くから重んじられてきた。
力ある者は力ある霊を。智慧あるものは賢き霊を。清き者には聖なる霊を得る。優れた照霊をもつことは、戦ううえでの実利はもちろん、大いなる名誉をも約束した。
それでは、劣った者ならどうだろう?
碌でもない霊を授かり、嘲りを受け、何の使命も果たせぬまま、惨めに死んでいく。
ましてや、おのれの写身として——邪なる霊が顕れたなら?
その者自身が迫害され、ときには抹殺されるだけではない。
家を、家族を——大好きな母をも汚し貶めてしまうかもしれなかった。
(……だめ……だめなの……。)
そしてカミナは恐れていた。
物心つく前から出来損ないの《灰娘》と呼ばれ続けた彼女。
直面するのを避けてきた己の不足。
己の資質を暴かれる儀式を——自らの無価値が本当に確定してしまう瞬間を恐れていた。
さらに、彼女は恐れていた。
人を避け、現実を、未来を避け、己の世界に引きこもり続けてきた彼女。
きょうこの日に、都市を守る者——《篝火の騎士》としての資質を示さなければ——
(……ごはん、本、おふとん、ケーキ、季節のハーブで淹れたお茶…………)
——優雅な登校拒否ドロップアウトの引きこもり生活。愛する女が遺した一人娘に甘々な父の威光で辛くも守られてきた甘い暮らしも、きっと終わりを告げるだろう……。
(……だめ……それだけは、ぜったいに…………!)
駄娘は……その瞬間をこそ、心から恐れていたのだった……。
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