第34話 あれから一年経ちました
「え? 今日の夜は早じまいなのか?」
「ごめんね、デルフィーさん。今日は俺の誕生日なんだよ」
デルフィーさんは相変わらず常連で、昼も夜もうちの食堂で食べてくれている。
昼食の時間にいつも来てくれる人達には、今日の夜が早めの閉店であると告げる。
こちらでは、誕生日は必ず家族で祝うもの。
うちでもそれぞれの誕生日の夜は仕事を早く切り上げて、家族でお祝いする。
「おお、そうなのか。じゃあ仕方ねぇなぁ。二十一歳か? おめでとう、タクト」
「うん、ありがとう!」
この世界で生きる場所がもらえたあの最初の誕生日から、丸一年。
ふたりを父さん、母さんと呼ぶのもすっかり慣れた。
「タクトー、ちょっと来てくれー」
「はーい……母さん、俺、外しても平気?」
「もう大丈夫だよ。お疲れ様、タクト」
「じゃあ、隣にいるから」
「なんだい? 父さん」
「これなんだがよ、おまえ知ってるか?」
隣の工房のカウンターに、お客さんがひとり。
雑貨商のタセリームさんだ。
なにか、珍しいものでも持ち込んできたのかな?
「これ……外国のものですね」
「ああ、そうなんですよ。一点物なんだけど……燈火にしては珍しい形でしょう?」
燈火とはランプのことだ。
こちらではそう呼ぶ。
確かに珍しいな。
これは、白熱電球だ。
基本的に、燈火は中に入れた鉱石に魔法を付与して火を燃やし続けるものだ。
消しても魔力を通してやればまた火が点き、一定の大きさでしか燃えない。
鉱石へ付与した魔法が切れない限り使える仕組みだ。
「何度魔力を通しても、付与し直しても点かなくてねー」
「でもよ、これの仕組み自体に故障も壊れもねぇぞ?」
「そうでしょう? だから【付与魔法】のせいだと思うんですけどねぇ……」
魔法師組合にも行ったんだろうな。
でも、解決しなかったんだろう。
「……これ、昔見たことがあるよ。直せるかは解らないけど、預かってもいい?」
「ああ! 原因を調べてくれるだけでもいいよ! 頼むよ、タクト」
「じゃあ、預かるね、タセリームさん」
預かり証を書いて渡す。
ふふふ、もうこっちの文字も書けるようになったんだぜ。
でも、文字をかなり崩して書く人が多いので読むのは大変だ。
英語のブロック体と筆記体みたいな違いなんだろうけど、全っ然読めない人もいる。
だから『文字は原文と訳文の同時表記』の【文字魔法】をオンにしてある。
そして、まだ会話の方は『自動翻訳』に頼りっぱなしだ。
言語って難しいよね、ホント。
工房の隅っこを借りて、分解してみる。
うん、やっぱりだ。
電球の中のフィラメントが切れている。
中に入っている鉱石の魔法もなくなっているみたいだ。
うーん……このフィラメント、金属じゃないなぁ……?
「解るか? タクト」
「うん……構造と原因は解るんだけど、直すのはちょっと難しいかも……」
白熱電球の中って、真空なんだよね。
真空にはできると思うんだけど……フィラメントの素材がない。
俺が知っているものは、こっちにまだあるかないかが確認されていない金属だしなぁ……
「父さん……竹って、この辺にはないよね?」
「……竹? ああー……ないなぁ。あれを使うやつは全然いねぇからなぁ……」
だよなぁ。
ここら辺じゃ、どこでも見たことがないもんな。
多分、これに使われているフィラメントは竹だ。
でも……ここにはないから……代替品、あったような……
「俺、これを自分の部屋で調べていい?」
「ああ、構わんが、お客のものだってことは忘れるなよ?」
「うん!」
それから俺は、コレクションの中の事典やらなんやらで白熱電球を調べた。
タングステンは実物を触ったことがないから出せないし、プラチナなんてこちらでも高級すぎる素材は論外。
竹を出して作ってもいいんだけど、身近にあるもので代用品が欲しい。
どうやら、木綿糸に煤とタールをつけたもので代用できるらしい。
俺は昔、墨作りの現場にじいちゃんと行ったことがある。
じいちゃんは自分で使う墨を、専門の職人さんに作ってもらっていたのだ。
その時に乾溜液の『木タール』という物を見たことがあった。
文字魔法で、木タールと煤を出す。
これは作り方的に、この近くでも作れるものだ。
「これを混ぜて、木綿糸につけて……」
あまり耐久時間はないが、これを使えば一応明るくなるはずだ。
糸を魔法で乾かし、工房に持っていく。
「父さん、これで試してみたいんだけど、やってもいいかな?」
「仕組みを説明できるか?」
「えーとね……」
俺はフィラメントと、電球の仕組みを簡単に説明した。
「つまり……これが燃えるのか?」
「うん、この糸には煤が付けてあるんだ。これに電気を流すんだよ」
「電気?」
「あー……雷のすごーく、小さいやつ。だから、付与する魔法は『火』じゃなくて『雷』なんだ」
だから、どんなに火の魔法を付与しても点かなかったんだよね。
俺は空中文字を使って、鉱石に『電池』と書く。
この付与の方法は、既に家族とラドーレクさんには公開済だ。
「でもこの燈火の仕組みだと、一度この鉱石を入れたらずっと明るいままになっちゃうと思うんだ」
「そりゃ、意味がねぇな」
「だから、切り替えできる装置を付けたくて……」
「よし、そっちは俺に任せろ!」
「頼むよ、父さん」
オン・オフできなきゃ、使い勝手が悪いもんな。
父さんは手持ちの金属で、あっという間に切替スイッチ部分を作った。
手元が光って見えたのは魔法を使ったからだろう。
俺はコイル状にまいたフィラメントをセットし、電球の硝子カバーを被せた。
あとは中を真空にする。
でも、どうせならアルゴンガスを注入しておこう。
フィラメントの保ちが良くなるかも知れない。
【文字魔法】なら大気から特定の物質だけを取り出すなんて、お茶の子さいさいである。
なんだかふたりで、夢中になって改造してしまった。
たとえ短命でも電球はテンション上がるアイテムだよ、ここでは。
夕方になって、食堂と工房を早めに閉めた。
もちろん、今年も誕生日はイノブタの生姜焼きである。
甘い焼き菓子も忘れてはならない。
俺は母さんの料理に舌鼓をうちつつ、明日からのことを考えていた。
あの燈火、サイズを小さくして安く作れないかな。
結構、可愛いと思うんだ。
もうタールのフィラメントは【文字魔法】でも出せるしね。
時間がある時に、こっそり竹を出して作っておいてもいいな。
そうして後日、タセリームさんにできあがり品を渡した。
若干の改造を加えたことも、たいそう喜んでもらえてほっとした。
そして、どうやらあの燈火は随分と長持ちしているらしい。
エジソン、越えちゃったかな?
なんてな。




