第166話 (仮)の証明
「仮婚約証明…?」
「そうです。昨日脅しをかけておいて今更ですが、正式に婚約予定であり、親、若しくは後見人と教会でそれを認めた証明がされていれば、君たちは婚約者同士であるのと変わらない扱いとなります」
こういう後出し!
大人って汚いっ!
俺は送り狼寸前の所ですっかり毒気を抜かれ、この9年間を禅僧のように禁欲で過ごす覚悟を決めた翌日にこれですよ。
ライリクスさんは笑いをかみ殺しているかのようだが、ポーカーフェイスを装っている。
「それでも、あまり感情にまかせたふしだらな行為は看過できませんので、気をつけてくださいね?」
「……はい…で、その『仮婚約証明』はどのような手続きで?」
「だから今、教会に来てもらっているのです。ちょっと待っててください」
そう、今俺は教会の大聖堂にいる。
朝一番でライリクスさんとマリティエラさんに連行されてしまったのである。
父さんと母さんも知っていたに違いない。
食堂の扉を開けた途端にとっ捕まったのだから。
そしてマリティエラさんに連れられてメイリーンさんも現れた。
急に昨日のことが思いだされて、ちょっと気まずくなったがメイリーンさんから笑顔で、おはよう、と言ってもらえたのでなんとか笑顔を返すことが出来た。
そこに方陣門から現れたのは…セインさんだ。
「遅くなって済まないね」
「いえ…態々この為に?」
「いやいや、視察日なのだよ。今日から三日間」
あ、そうか…でもいつもより少し遅いな。
「許可証書をいただくのに少々時間が掛かってしまったからね。さぁ、ここにふたりの身分証を入れ物から出してそのままの大きさで置いて」
俺とメイリーンさんは言われた通りに身分証をセインさんが持ってきた『許可証書』の上に置いた。
セインさんが許可証書に魔力を流しているのだろう、証書の文字がキラキラと輝きだした。
そして、俺達の身分証から青と緑の光がその証書に吸い込まれ、今度は証書から出て来た緑の光が俺のものに、青い光がメイリーンさんの身分証に入り込む。
最後に身分証から強い光が放たれて、どうやらこの儀式は終わりのようだ。
「恙なく、ふたりの仮婚約が成立した。身分証を確認して」
そう言われて、俺達は手元で身分証を開く。
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名前 タクト/文字魔法師
年齢 26 男
在籍 シュリィイーレ 移動制限無し
養父 ガイハック/鍛治師
養母 ミアレッラ/店主
仮婚約 メイリーン/調薬師
保証人 イスグロリエスト・シュヴェルデルク
イスグロリエスト・アイネリリア
証明司祭 ドミナティア・セインドルクス
魔力 33239
【魔法師 一等位】
神聖魔法:光・特位
文字魔法・特位 付与魔法・特位
加工魔法・特位 耐性魔法・特位
強化魔法・特位 音響魔法・特位
【適性技能】
〈特位〉
鍛治技能 金属鑑定 金属錬成
鉱石鑑定 鉱物錬成 石工技能
魔眼鑑定
〈第一位〉
陶工技能 土類鑑定 土類錬成
神詞操作
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へぇ……婚約者も保証人や証明司祭も表書きに入るのかぁ……。
婚約証書にも俺達の魔力の登録と共に名前などの記載がされ、教会に保管されるのだそうだ。
「し、司祭様……こ、この保証人のお名前……!」
メイリーンさんがめっちゃあせってるけど、ん?
『イスグロリエスト』…?
「うむ。あの時お二方が約束なさっていただろう?『婚約証明をする』と」
「そうでしたねぇ…それにしても本気だったとは」
「こういうおめでたいことがお好きな方々だもの。絶対に本気だと思ったわ」
あー…あのビィクティアムさんの伯父上様と伯母上様か…。
あれれ?
…イスグロリエストって、この国の名前…だよね?
「あの方々って…皇王陛下と皇妃殿下…?」
「そうですよ」
「今更何を言ってるのよ」
3人とも、何を当たり前の事を、と言わんばかりの顔つきである。
そうだ、そうだった…大貴族だったんだよ、セラフィエムス家は!
ドミナティアも!
皇王が親族だっておかしくない立場の人達だったんだよ!
ぜんっぜん思い至らなかったけど!
あ…メイリーンさんが固まってしまっている…。
「それにしても…まるで一国の皇子と皇妃候補の婚約証明みたいですね、これ」
「本当ね…証明司祭が聖ドミナティア神司祭だから、余計にそう感じてしまうわね」
「はははっ!よいではないか。このふたりならば国が保証しても当然であろう」
朗らかに楽しげに、そう言うご大層な事を語り合わないでください!
ど、どうして……。
もしかして…メイリーンさんの家系も実はかなり凄い…とか?
そっか、そうだよな。
だってライリクスさんとマリティエラさんが後見人になってるって事は、ドミナティアとセラフィエムスが後見って事と同義なんだから。
なるほど。
つまり俺は所謂『逆玉の輿』状態……。
おおぅ…。
こうして、俺達の婚約(仮)は国のトップに保証されることとなり、これはますます不埒な真似など出来ないとより一層身を引き締めることになってしまったのである。
そして若干放心した状態のまま、俺達は教会を後にした。
小さくした身分証の表にもちゃんと『婚約 メイリーン』の文字が見える。
きっと彼女の身分証には俺の名前が刻まれている。
……めっちゃ、嬉しい。
メイリーンさんが今日はお休みだというので、まだちょっと時間が早いけどランチをうちでと誘った。
父さん達にちゃんと仮婚約証明がされたことも伝えなくちゃ。
俺達は手を繋いで、食堂に歩いて行った。
紅葉でほんの少し色づいた街路樹の下を、ちょっとだけ、ゆっくり。
メイリーン 頭の中とココロの中 〉〉〉〉
『き、昨日からいろいろありすぎて、全然追いつかないんだけど、どういうことなの…?』
『タクトくん、結構…大胆でびっくりした……けど、嬉しい』
『もっと、ぎゅーってしてくれていいんだけど…は、はしたないかな、こういうの…』
『あれ?なんで皇王陛下がタクトくんの食堂にいたの?』
『しかも婚約の保証人……タクトくん、もしかして、もの凄い貴族の家系なの?』
『あれ?あれ?それじゃ、あのお二人も……お義父様とお義母様も…?』
『婚約…タクトくんと……嘘じゃないよね?』
『もっと、ずっと、一緒にいたい…』
『えへへ…手、繋いでくれるの嬉しい……』
『…あたし、そう言えば皇妃様の侍従をひっぱたいちゃった……』
『タクトくんに迷惑掛かってないよね?大丈夫……だったよね?』
『でも、皇妃様も保証人になってくださって…なんで?侍従をぶったのに?』
『証明が聖神司祭様なんて、考えられないことよね、ふつう…』
『もうっ何が何だかぜんっぜん解らないよぅ!』
『…タクトくんの手、温かくて気持ちいいな……』